ほたる

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あの日の景色は、特別だ。

色がある。それは見たこともないくらいふんだんな色遣いである。
匂いがする。甘くて目が眩むような香りである。
音が聞こえる。全ての音楽を凌駕するほどの心地よいメロディである。

わたしはそれまでは知らなかった。
これまでも間違いなく色づいていた全てが、あの日を境に白黒写真の印刷のようになってしまった。わたしにとってもうずっと、全ての現実はあの瞬間だけだ。しかしそれは間違いなく過去でしかない。その事実に心臓を掴まれ、縦横無尽に振り回されているようだ。

全てはそこに君がいたからだった。

今日もわたしは白黒の世界を歩いていく。誰かと笑い合っても、感動的な映画を見ても、春に桜が咲いて、夏の日差しにうんざりして、秋に金木犀の香りがして、冬の街並みに光り輝く街路樹を見ても、人気のスイーツを食べても、昔から好きだった音楽を聴いても、何をしても、何を見ても、もうあれ以上の幸福などないのだ。

君は忘れていてほしいと心から願っている。わたしという存在の唯一になったこと、そして今でもそうであること。
なんて思いながらも、君の走馬灯にだけは、あの日2人で見たあの景色を映してほしいとも願っている。

3/21/2025, 4:14:59 PM