一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・なんか良いな。

 仕事の始業前に実家からメッセージが入った。年末の帰省はいつ頃かという話に妹の彼氏同伴を絡めて、暗にこっちの状況を窺っている。めんどくさいなぁ、付き合うとか結婚とか。仕事も順調だし、もうちょっと独身でいさせてよ。メリットがわかんないし。
「おはようございます」
「おはよう」
 隣のデスクの後輩くんと朝の挨拶を交わす。さぁ、仕事モードだと気合を入れたところで、隣からゆずの香りが漂ってきた。
「あっ、ゆず茶ッス」
 香りの元をたどる僕に気がついた後輩くんが即座に反応していた。
「なんか、冬至?らしいんで」
「彼女から?」
 彼は「はい」と短い返事の後、パソコンに向かった。
 前に一度飲みに行ったとき、彼女が和菓子屋で働いていて季節的な行事を大事にしているって話を聞いたな。
 ディスプレイとにらめっこする彼は、こちらを見向きもしない。淡白なタイプで、仕事とプライベートはきっちり分けている。
 そんな彼のデスク周りに漂う柔らかいゆずの香りは、彼女がもたらしたちょっとした変化だ。
 漠然と、良いなと思った。
 誰かと一緒にいる時に感じる心の温かさ、そのメリットを僕は忘れていたらしい。
 
テーマ; ゆずの香り

12/22/2024, 4:41:04 PM