とうの

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春風に眠る

「全部、夢だと思ったことはない?」
春の湿った空気が肌に張り付く。視界が急に霞んだような気がした。私が返事をする前に、遥は背を向けたまま言った。
「この波の音も水の感触も潮の香りも」
セーラー服の襟がはためく。彼女は膝まで海に浸かっていた。
「───私たちが、ここに存在してることも」
そう言って遥は振り返ったが、彼女の後ろにある太陽のせいで表情はよく見えない。ただ、口元は笑っているように見える。
「だって夢って明晰夢じゃない限り、夢か夢じゃないかなんて分からないでしょう?私たち、自覚していないで夢を見ているかもしれないのよ」
彼女は、裸足で波を静かに踏みつけて、こちらへ向かってきた。私は俯き目をそらす。
スカートのひだが海水の飛沫を吸って重くなっている。私の足は砂浜に吸い付いたように動かない。
「ふたりだけで、同じ夢を見てるの。これはもう運命よ。共鳴しているの」
足音が間近に迫ったとき、遥は私の顔を覗いた。
「ねえ、一緒に夢から醒めない?」
遥は私の手を掴んだ。そして私を、深い深い海へと誘う。


『二人ぼっち』

3/26/2023, 8:25:07 AM