G14

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 俺は、世直し系ユーチューバーHIROSHI。
 世にはびこる悪を成敗し、社会に平和をもたらす正義の味方だ。
 決め台詞は『悪よ、滅しろ』。
 その言葉と共に、あらゆる悪を滅ぼしてきた。

 だが悪を成敗するのは並大抵のことではない。
 稀に、向こうから抵抗されこちらが怪我をすることもある。
 そのため俺は、悪を滅するときは、木刀を持ち歩くことにしている。
 一方的にやっつけることが出来るからだ
 たまに『やり過ぎ』など言われるが気にしてしない。
 悪い事をする方が悪いのだ。

 そして今日も悪を滅するため、この地にやって来た。
 ここは悪名高き『きさらぎ駅』。
 この駅は、罪なき善良な人々を惑わせ、この地に縛り付ける。
 個人の都合などお構いなしにだ。

 悪である。
 言い逃れできないほどに悪である。
 ならば滅せねばならない。

 と思っていたのだが、今の今まで先延ばしにしていた。
 なぜなら、きさらぎ駅はネットでのみ語られる伝説上の駅。
 どこにあるのか分からない……

 だが、オカルト好きのファンからの情報で、ここまで来ることが出来た。
 脱出できないと専らの噂だったので、脱出手段も用意してもらった。
 準備はバッチリ。
 あとは滅するだけだ。

 最初に狙うのは改札口の駅員。
 きさらぎ駅で働いている人間だ。
 きっと悪に違いない。
 俺は愛刀『洞爺湖』を握り締めて、ホームから駅の改札口に向かう。

 歩いていくと、改札口に一人の男が椅子に座って、うたた寝しているのが見えた。
 どうせ誰もいないと思って、油断していたのだろう。
 職務怠慢という悪に怒りを覚えるが、男が寝ていることは幸運だった。
 襲う際、抵抗されるとこっちが怪我をすることがあるからだ。
 俺は、男を起こさないよう足音を立てず、男の背後を取る。

 そして洞爺湖を振りかぶり、決め台詞。
「悪よ、めs――」
「甘い」
 男は急に振り向いたかと思うと、俺に体当たりしてきた。
 意表を突かれた俺は、あっけなく地面に倒れ、組み伏せられる。
 狸寝入りだと!?
 なんて卑怯な奴なんだ。

 脱出しようともがくが、腕は完全に決められており、動くことすら困難だった。
 俺の正義の道も、ここで終点。
 あっけないもんだ……

 悪の手先に捕まった正義の味方は、碌な扱いを受けない……
 きっと俺は口には出せないような拷問を受けるのだろう。
 なってこった。
 世直し系ユーチューバーHIROSHI、ここに死す!

 せめてもの抵抗で男を睨み付けたようと、顔を上げる。
 どんな醜悪な顔をしているのか、見てやろうじゃないか。
 しかし視界に入ったのは、驚愕に目を見開いた男の顔だった。

「もしかしてお前、HIROSHIか?」
「そうだが……
 もしかしてファンか!?
 なら、すぐに解放してくれ」
「なんだよ、分かんないのかよ。
 俺だ、TADASHIだ」
「タダシ……?
 え、TADASHIアニキ!?」

 俺が驚くと同時に、拘束が解かれた。
 自由になった俺は、体をさすりながら立ち上がる。
 いつもなら文句の一つでも言ってやるところだが、そうもいかない。
 なぜならば、目の前にいるこの人は、伝説の世直し系ユーチューバーTADASHIなのだ。
 俺がこの道を志したのはこの人の影響だし、世直しのイロハを教えてくれたのもこの人。
 俺の頭が上がらない、数少ない人物である。

「久しぶりだな。
 お前、変わってないなあ」
 アニキは、邪気の無い笑みを浮かべながら、俺の肩を叩く。
 アニキの笑顔にどこか違和感を覚えるが、その前に聞くことがあった

「お久しぶりです、アニキ。
 こんなところにいたんすね」
 アニキは数か月前、急に動画を上げなくなった。
 世間は、世直し中の事故で死んだとか、あるいは警察に捕まったとか言われた。

 俺も真相を確かめようと、連絡を取ろうとしたが音信不通。
 家に行ってももぬけの殻。
 心配していたのだが、なるほどここにいたのか……
 どうりで連絡が付かないわけだ。

「ああ、世直しで来たのはいいが、戻れなくてね。
 それ以来、この駅で働いている。
 といってもする事なんて、ほとんどないがな」
 「せいぜいお前みたいに襲ってくる奴らの対応くらいかな」と、アニキは笑顔で応える。
 だがアニキの反応に違和感を感じる。
 一体何がおかしいのか……
 もしや!

「あの、アニキ、こんなことを聞くのも失礼だと思うんすけど……」
「『老けた』て言いたいんだろ?」
「うっす」
 アニキは笑顔から神妙な顔つきになる。

「どう話したもんか……
 よく分からなんだが、ここと元の世界は時間の流れが違うらしい。
 俺がここに来てからもう10年は経ってる」
「じゅ、十年!?
 アニキがいなくなったの、せいぜい三か月位っすよ」
「ははは、そりゃ若いわけだよ」
「うう、なんか調子狂うっす……」
 興奮する俺に、冷静に対応するアニキ。
 この落ち着きが、大人の余裕か……

「それよりもアニキ、帰りましょう。
 本当は世直ししに来たんすけど、後でいいっす」
「帰りたいのは山々だが、方法が分からない」
「大丈夫っす。
 これで帰れるっすよ」
 俺はバッグの中から、脱出装置を出して見せる。
 脱出装置を見たアニキは眉をしかめた。
 何か言いたそうだったが、特に何も言わなかった。

「戻ったら、世直ししましょう。
 アニキがいなくなってから、悪が調子に乗っているんです」
「それなんだが……」
「アニキ……?」
 アニキが言い辛そうに口ごもる。
 アニキの態度に、俺は嫌な予感がした。

「俺、世直しは止めようと思うんだ」
「何を言っているんすか!?
 アニキほどの男が世直しを辞めるなんて、熱でもあるんすか?」
「HIROSHI、俺気付いたんだ。
 あんなのは世直しじゃなくて、ただの迷惑行為だ」
「アニキ!?
 それは本当の正義が分からないアンチの妄言だって、いつも言ってたじゃないですか!」
「ここは何もないところだけど、時間だけはあってな。
 自分を見つめなおして、きちんと生きようと決めたんだ。
 ここで働いているのも、その一環さ」
 アニキの言葉に、俺は膝から崩れ落ちる。

「アニキ、変わっちまったんすね。
 俺が知っているアニキはもっと
 でも今のアニキは丸くなった。
 世直し系ユーチューバーTADASHIは死んだんだ……」
 俺が愕然としていると、アニキは申し訳なさそうに口を開く。

「悪いな、HIROSHI。
 俺も一児の父親だ。
 無茶は出来ん」
「え、子供!?」
 新しく出てきた新情報に、俺は頭がクラクラしてきた。
 さらに新情報が入ると、俺の頭は爆発するかもしれない。

「MASAKOを覚えてるか?」
「アネゴっすか?
 忘れるわけないっす。
 俺が独り立ちするまでの間、飯を食わせてくれたすからね……
 最近見ないけど……まさか!」
「ああ、俺が来てからすぐこっちに来てな。
 俺を追いかけてきたそうだ。
 ソイツと結婚して、子供もできた。
 女の子だよ」
 今でも覚えている。
 アニキとアネゴは、お似合いのカップルだった。
 自分の居場所は、アニキの隣だと言って憚らなかったけど、本当に追いかけてきたのか……

 凄いな、アネゴ……
 さすがアネゴだ……
 うん、アネゴらしい……

 駄目だ、頭が回らない。
 俺はもう限界だ。

「俺、もう帰るっす」
「そうか」
「やる気のない返事っすね。
 アニキは帰りたくないんすか?」
「戻れるなら戻りたいな。
 娘に色々な物を見せたいんだ」
「ただの親ばかじゃないっすか」
「写真見るか?
 可愛いぞ」
「別にいいっす」
 アニキが写真を写真を撮りだそうとするので、はっきり拒否する。
 あくまでも予感だけど、ものすごく長くなりそうだからだ
 俺はもう帰りたいので、アニキの惚気話に付き合う時間はない。

「それで……
 どうやって帰るつもりだ」
「これを開くと、外に出るゲートが出てくるんすよ」
「なあ、HIROSHIよ。
 言おうか言うまいか悩んでいたんだが、やっぱり言うぞ。
 それ、おもちゃじゃないのか?
 だいたいゲートが出てくるってなんだ?
 SFだぞ、それは」
「何言ってんすか、アニキ。
 これは信用できる筋から入手したんすよ」
「絶対騙されてるって」
「使えばアニキも納得してくれるっすよ。
 オープン!」
『プリキュア! デリシャスタンバイ! パーティーゴー!』
 脱出装置から、起動音が鳴り響く。
 これでゲートは開くはずだ……



 今、プリキュアって言った?

 え?
 騙されたの、俺……

 俺が呆然としていると、アニキは俺の肩にそっと手を置く。
「なに、ここも悪くないさ。
 今まで迷い込んだ人もたくさんいるし、意外とにぎやかだよ。
 ネット回線が貧弱なのは頂けないがね。
 女の子もいるし、きっと気の合う仲間を見つけられるさ」
「いやっす!」
「時間ならたっぷりある。
 納得できるまで悩むといいさ。
 俺も来たばかりの頃は悩んだけど、今じゃここに骨を埋めようと思っている」
「俺は……俺は……!」
「人生の終点にするには物足りないかもしれないが、人生そんなもんさ」
「こんなところで終わるのは嫌だーーーー!」
 俺の叫びが、きさらぎ駅に虚しく響き渡るのだった

8/11/2024, 3:04:34 PM