ねえ、どうしたの。
彼がそう言いながら、顔を覗き込んできたので、トルデニーニャは思わず体を仰け反らせた。急に視界が彼の端正な顔でいっぱいになったので、心臓が早鐘を打っている。まるで物理的に抑えようとしているかのように、彼女は胸に手を当てると深呼吸をした。
「……な、何が?」
彼女の様子に彼は呆れたように溜息をついた。彼は人差し指を立てると、自分の頬骨を指した。不思議そうに首を傾げる彼女に向かって、簡潔に言う。
「泣いてるよ、君」彼女の目が大きく見開かれたのを見て、彼は肩を竦めた。「……気づいてなかったんだ」
トルデニーニャは自分の頬をさわった。確かに濡れる感触がする。目尻にはどうやら涙も溜まっているようだ。
(……ああ、通りで視界が滲むなって……)
きょとんとした彼女を見て、リヴァルシュタインは再度溜息をついた。まるで茫然自失といった様子の彼女は、見ていて非常に危なっかしい。危なっかしいだけで、実際は凍りついたかのように動かなくなるのだが。
(昔もそうだったな)
彼女の涙をハンカチで拭ってやりながら、彼は回想する。
トルデニーニャの父親が亡くなったときもそうだった。彼女は茫然自失としていて、微動だにしない。傍で声をかけても、うんともすんとも言わないので、もしかすると彼女は立ったまま自死したのではないかと怖くなったほどだ。
あのときは、彼女にとって重大な出来事があった。だから処理しきるのに時間がかかった。ただそれだけのことだと思っている。
だが、今は? 何かあったのだろうか。何か前触れがあるわけでもなく、急に静かに泣き出したから驚いてしまった。
(……僕は彼女を泣かせた前科があるからな……)
ふ、と彼は自嘲していると、トルデニーニャが口を開いた。彼女の眼差しは遠くに向けられている。その方向には――二人の故郷がある。
「何か悲しいことがあったとか、そういうのじゃないの」彼女は一度口を噤んだ。「わたし……故郷でいつも笛の音が聞こえていたの。故郷の方を見ていると、故郷の景色とその音がわたしの眼前に浮かび上がるんだ」
彼女は目を眇めた。
「だから……そうだね。たぶん、言葉にするのならば……わたし、郷愁で涙しているのかも」
その両目から透明なしずくがぽたりぽたりとこぼれ落ちていく。
1/18/2025, 4:39:47 AM