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スマホをいじるのは午後10時まで、というくだらない約束の時間まであと10分。
『ちょー田舎!』とコメントを添えて祖父母の家のそばの風景をクラスのグループメッセージに投稿した直後は、いくつか返信がついたが、夏帆が舞浜のホテルの写真を投稿するとあっという間に流されてしまった。
それはそうだろう。
私だって、どこかも知れないド田舎の景色より豪華絢爛なホテルの方が見ていて楽しい。
「夏帆のやつ、くそ羨ましい」
たいして親しくもなかった従姉妹の法事のために、私はファストフード店もコンビニもない村に閉じ込められている。
夏休みに会うだけだった同い年の従姉妹は、幼い頃から病気がちだった。そのせいで一緒に遊んだ記憶はあまりない。
庭先で線香花火を競い合ったことくらいしか、覚えていない。彼女は会う度に痩せ細っていき、11歳の初夏、とうとうその短い命を閉じたのだった。

「10時よ」
ふすまの向こうから母の声がする。
時計はまだ9時57分だ。定刻よりも早く時間を知らせるのは母親という生き物の習性なのだろうか。
残りの3分で夏帆への羨望のコメントを作成し、投稿する。
10時ぴったりに画面を落とし、スマホを充電器に繋いだ。
途端、周囲の音が気になりはじめる。
田舎というのは静かに思えて、実はそうでもない。
虫の声、蛙の声、風の音、木々が擦れる音。
夜は特に、色んな音が響き渡っている。

「何してるの」
かすかに耳に届いたその声に、反射的に言葉を返す。
「もう使ってないよ」
母がとがめてきたのだと思ったからだ。
返事をして、不意に違和感に気づいた。
今、どこから声がした?
全神経を聴覚に集中させて、耳を澄ます。
虫の声がうるさい。
その隙間に、
「ねえ、何してるの」
ちいさな声が。
それは確かに縁側の方、ふすまのその先、ガラス戸の向こうから聞こえてくる。
母のものでも、祖母のものでもない、もっと幼い―――11歳の子どものような。
私はぴくりとも動けずに、声のする方に顔を向けたまま硬直している。
「ねえ、」
遥か彼方のかすかな記憶がざわりと呼び起こされる。
この、ほんの少しかすれたこの声は―――
「ねえ、線香花火しよう」




5/5/2024, 2:26:24 AM