『小さな歩みの中で』
彼はよく言った。
「意味は見つけるものじゃない。
歩きながら、勝手に立ち上がってくるものだよ」と。
誰かが
「意味がないから動けない」とこぼすたび、
彼は少しだけ微笑んだ。
その微笑みには、
諦めでもなく、説教でもなく、
どこか子どもが秘密基地を知っているときのような
確信めいた明るさがあった。
彼自身、
完璧な理由を持って生きていたわけではない。
朝が苦手で、
好きなことに夢中になると
世界の音が全部消えてしまうような人だった。
だけど、
理由が無い日ほど
一歩を踏み出していた。
散歩道の落ち葉を踏む音や、
コンビニで買った温かいコーヒーの湯気や、
「おはよう」とだけ書かれたメッセージや、
そんな些細なものに
なぜか胸が軽くなる瞬間があって、
そのたびに
「ああ、これが意味なんだろう」
と静かに確信していった。
意味は用意されていなくていい。
誰もくれなくていい。
ただ生きた痕が
少しずつ形になる。
その形が、
彼にとっての“見出す”ということだった。
だから彼は今日も言う。
「意味がないなら、なおさら歩けばいい。
歩いているうちに、
その靴の先で
意味がこぼれてくることがあるから」と。
それを聞いた人は、
少しだけ沈黙する。
反論する理由を探すけれど、
胸のどこかで
わずかに温度が動くから
言葉にならない。
彼の生き方は、声ではなくて
足音で語られる。
たった一歩の、
小さな進みだけで。
2/4/2026, 10:49:09 PM