かたいなか

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「『誰よりも、ずっと』が4月9日、『誰にも言えない秘密』6月5日、『誰かのためになるならば』7月26日で、『誰もがみんな』が2月10日なんだわ」
「誰」5部作かな。某所在住物書きは過去のお題を振り返り、約10ヶ月前の投稿を二番煎じ可能か確認して、片眉を吊り上げた――できそうではある。
不思議な稲荷神社が舞台で、そこ在住の狐一族が、「だれよりも」、ずっと長い間、人間の生活を見続けていた、という投稿である。

「他に『誰よりも』って、何書けるだろうな」
物書きはお題をネットの画像検索にかけ、結果を眺めた。使いやすい言葉だけあって、映画に書籍、歌曲など、多くの作品のタイトルに添えられている。
「……そういや『コレ』も、『誰よりも』だわ」
物書きの目を引いたのは、見覚えある劇場版の……

――――――

都内某所、某アパートの一室、夜。
ジャパニーズアロマポットの一種、茶香炉から八女のあさつゆ品種の甘香が、静かに咲いて、室内の平穏を引き立てている。
パタタタタ、カタタタ、タタン、パサリ。
響くのは部屋の主である藤森の、キーボードに指を滑らせ打鍵する音と、めくった書類の擦れ合い。
それから、ピロン、ピロン。スマホの通知音。

『【急募】オススメのお土産と価格帯』
『誰よりも地元を知る、地元民から見たオススメ
 はよ、はよ……』

職場の同部署の後輩である。
ひょんなことから、具体的かつピンポイントな過去投稿分では11月13日、大きな借りを作ってしまい、
ゆえに、その礼として、後輩たっての頼みで、
2月末の藤森の帰省、例年ならば雪深く氷厚い時期であるところの雪国への旅行に、同行するのだ。
オフシーズンの新幹線は割安で、かつ快適。
浮いた移動費の使用先を、後輩は友人へのプレゼントに定めたようであった。

ふむ。 小さな思慮のため息をひとつ吐いて、少し遠くを眺めてから、藤森はスマホを手に取った。
スワイプしてタップして、画像を選んで。グループチャットにメッセージを残す。
『積雪の画像:0円 そこそこ珍しがられる
 白鳥の画像:0円 田んぼに居るのを撮るとウケる
 凍っている湖:0円 「雪原に見えるが実は」』
実際のところ、何が良いだろう。冗談半分事実半分を送信した藤森は、即座に検索と選別を開始した。

『違う違う、写真じゃ、写真じゃな〜いぃ』
『あながち間違いではない
 欲しい情報は?菓子系?工芸品?』
『ぜんぶ』
『お前の土産の予算は小束か大束なのか』

百万(こたば)!千万(おおたば)!
大金移動の気配に、何故か藤森の膝の上でモフモフ団子を形成していた子狐が、耳をピンと立て、尻尾を送風機か高速メトロノームのごとく、振り回している。

「お前の稲荷神社へのお布施じゃないぞ」
くぅくぅ歌って目を輝かせている子狐と、藤森とは、去年の3月3日、約11ヶ月前からの付き合い。
「お前は何が良い?ジャーキーか、新しい首飾り?」
週に1〜2回の頻度で遊びに来る、小さな神秘と不思議の内包者は、言葉の意味を知ってか知らずか、
更に目を輝かせ、ちぎれんばかりに尾を回し、
どこからともなく、某ドッキリで使用するような横看板を取り出して、藤森に見えるよう前足で支え持ち、
そこには、こう書かれている。

【おいしいものいっぱい キレイなものいっぱい
 お米とお酒とお揚げさんとお稲荷さんは必須】

「……子狐」
【なぁに】
「多分お前とお前の神社への土産が、誰よりも高額で、非常に難しいと思う。減額の交渉は可能か」
【かかさんに お問い合わせください
 ととさんは 多分ケンゲン、ありません】

『で、先輩、オススメのお土産 is なに』
ピロン。子狐とそこそこ真剣な問答中の藤森に、先刻の後輩からメッセージが届く。
藤森はしばし目を閉じ、深く息を吸って、吐くと、
「ちょっと待て」の意味として、短い返事を送った。
『写真』

2/17/2024, 3:54:54 AM