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「沙都子、おはよう。
 久しぶり!」
「来たわね、百合子。
 万年お祭り女め」

 夏休みに入ってから、初めて友達の沙都子の家に遊びに行った時の事。
 沙都子は家の用事で、夏休みに入ってから出かけていて、久しぶりに会う。
 感動の再会に私はワクワクしていたのだが、沙都子はそうでなかったらしい。
 私の顔を見るなり、多分悪口であろう言葉が投げかけられる。
 沙都子は、いつも私を揶揄うために冗談か悪口か分からない事を言うが、今日はただの悪口である。

 出かけた先で、なにか嫌な事があったのだろうか?
 確か、どこかのパーティに行くと言いていたのを覚えている。
 沙都子の家は世界有数のお金持ちで、『お金持ちにはお金持ちの付き合いがある』からと、パーティに行かないといけないらしい。
 その時は『そういう事もあるのか』と軽く流したのだが、きっとそこで何かあったのだ。

「沙都子、なんか嫌な事あった?」
「別に……
 なんでそう思うの?」
「さっきの『お祭り女』って悪口、普段の沙都子からは出ないやつだよ」
「それは褒め言葉よ」
「ホントかなあ?」
「本当よ。
 毎日遊びに来て、お祭りの様に騒ぐじゃない……
 毎度毎度よく騒ぐと、呆れを通り越して感心していたの。
 そんなあなたに敬意を表して、『お祭り女』の称号を与えるわ」
「やっぱり悪口だよね」

 特に言葉の裏を読まなくても分かる。
 沙都子の顔が見るからに不機嫌だからだ。
 いつもは笑顔を貼り付けて嫌味を言うので、やっぱり何かあったのだろう。

 聞き方を変えるべきか……
 とはいえ私に駆け引きなんて、高等な技術なんて持ってない。
 ここは正面突破で行こう。

「沙都子、パーティど――」
「は?」
 『どうだった?』と言い切る前に、沙都子が私を睨みつける。
 あまりの気迫に、少しビビる。
 ……ちょっと漏らしたかもしんない。

「最悪に決まってるでしょう?
 男どもが寄ってくるのよ」
「まあ、沙都子は美人だしね」
「それだけなら別にいいわ。
 けど正直どうでもいい自慢話をずーーーーーと聞かされるの。
 一方的に、中身がない話をね!」
「それは大変だったね」
「武勇伝なんてどうでもいいの。
 けど、邪険に扱う訳にもいかないから愛想笑いで流すけど、向こうは一向に気づかないし。
 最悪だったわ」
「お疲れ様です」
 私にはそれしか言えなかった。
 ていうかお金持ち関係ないな、これ。

 ふと思ったんだけど、沙都子が私を邪険に扱うのは、私の話がつまらないと思ってるから?
 ……やめよう、考えても幸せになれない。

「気分が悪くなってきたわ。
 百合子、ちょっと面白いことしなさい」
「藪から棒過ぎる。
 ていうか私、芸人じゃないし」
「『お祭り女』でしょ。
 ほら私を楽しませなさい」

 沙都子の不機嫌な態度は変わらない。
 沙都子の言い回しは少し腹立たしいが、ここで私が面白い事すれば、沙都子も少しは気が晴れるかもしれない。
 そのくらいの友達甲斐はあると思っている。
 少し乗ってみよう。
 
「そこまで言うなら仕方がない。
 では、ここを祭り会場とする」
「早くそうすればいいのよ……
 それで?
 なんのお祭りするの」
 うーん、祭りをすると言っても特に何も思いつかない。
 やっぱり勢いだけは駄目だな。

「お菓子祭りはどう?」
「毎日やってるじゃない」
「じゃあ、ゲーム祭り」
「それも、毎日やってるじゃない」
「じゃあ、アニメ鑑賞会」
「それも毎日ではないけどやってるでしょ。
 少しは特別感出しなさいよ」

 思いつくまま言ってみたが、沙都子のお気に召さないようだ。
 正直飽きてきたけど、ここで引き下がれば『大したことないわね』と馬鹿にされる。
 それだけは避けたい。
 でも特別な事なんて……
 あった!

「ニコニコ動画復活祭はどう?」
「……復活祭?」
「この前サイバー攻撃受けて、ニコニコ動画が使えなくなったじゃん?
 それが8月5日にサービス再開するんだよ」
「それは知らなかったわ。
 あなた、そういうの好きだものね……
 で、何をするの?」
「うっ」

 いい考えだと思ったが、何をするかまでは考えてなかったな。
 どうしよう。

「ニコニコ動画の動画を見るとか?
 一部は今でも見れるし」
「それ、復活祭でする事じゃなくない?」
「それは……」

 一般的な正論を言われ、私は押し黙る。
 ニコニコ動画が好きな人間同士なら、復活祭で延々と動画を見るのも面白いのだが……
 けど、沙都子は割と普通の感性を持っているからな。
 盛り上がらないかもしれない。
 さてどうしたもんか。

 私が悩んでいると、沙都子が手をパンと叩く。
「いい事を思いついたわ」
 沙都子が、本日初めての笑顔を見せる。
 よっぽど面白い事を思いついたに違いない。
 主に私が困る感じの。
 嫌な予感がする。

「ニコニコ動画の関係者を呼びましょう」
「!?」
 私は耳を疑う。
 今なんて言った?

「ニコニコ動画やってる会社の幹部を呼んで、お祭りをするの。
 名案でしょう?」
 『ありえない』。
 そうは言い切れないほど、沙都子の家は大金持ちだ。
 良く知らないけど、いろんな所にも影響力があるだろう。
 どこまで本気化は分からないが、私を困らせるためなら、何でもやるタイプである。
 ここで食い止めないと!

「待って、今忙しい時期だから、呼んだら迷惑になるよ」
「大丈夫よ、可能な限り向こうに配慮するわ。
 私も仕事の邪魔なんてしたくないもの……」
「私にも配慮して。
 そんな大事になったら困るよ」
「そこでの挨拶任せたわよ。
 お祭り女さん」
「聞いてないし」
「ちょっと待っててね、お父様にお願いして来るから」
「ダメー」

 ◆

 結果から言えば、ニコニコ動画復活祭は開催されなかった
 私がアタフタした様子を見て、沙都子は満足したらしい。
 これ以上ないくらいの笑顔であった。
 『冗談よ』とは言っていたが、私の様子が面白くなければ、絶対に呼んだだろう。
 沙都子はそう言うやつだ。
 それはともかく――

「もー機嫌直してよ」
「うるさい、金持ちバカ」
「ほら私が悪かったから。
 謝るから、ね」

 私は拗ねていた。
 一応、沙都子のために頑張ったと言うのにこの仕打ち。
 それを冗談で済まされては、私の気分はよろしくない。
 さすがにやりすぎたと思ったのか、沙都子が必死に謝ってくる。

 けれど、実は私はもう怒ってなかったりする。
 すねたのは本当だけど、その時の珍しく沙都子慌てた様子がなんだかおもしろく、どうでも良くなったのだ。

「ほら機嫌直して。
 百合子の好きなお菓子用意したから」
「つーん」
「仕方ない。
 私だけで食べるわ」
「あ、私も食べる!」

 こうして私たちの夏の一日は過ぎてく。
 賑やかで平和な一日。
 私たちの日常は、いつだってお祭り騒ぎだ。

7/29/2024, 1:26:38 PM