一ノ瀬

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『 向かい合わせ 』


今日はいつもより早く電車に乗った

いつもより少ない乗客数に、いつもより静かな電車

私は人の少ない席に座って、カバンから一冊の本を取り出す。

「春に君に」という小説だ。

主人公がヒロインに恋をして、でも主人公にはとある難病が見つかって、余命判決を下された。
それは主人公が高校を卒業する頃だった。
主人公は残りの余生を楽しむために、ヒロインに猛アピールするんだけど、中々振り向きはしない。
けれど2人の中はどんどん縮まって、ヒロインが主人公に恋心を寄せ始めていた頃、主人公は倒れてしまったのだ。
病気のことも知られてしまい、ヒロインは毎日時間がある限り病室で彼との時間を過ごした。
病室のドアを開くと、主人公はいつも笑顔で出迎える。
かっこ悪い自分の姿を見せないために、本当は辛いくせに、無理してヒロインに笑いかける。
それを悟っていたヒロインは冷たく彼に当たるが、彼はずっと笑い続けていた。

「 君が好きだよでもごめん、僕は 」

「 告白なんてしないでよ!私はあんたのことなんて! 」

「 ……僕は君の隣を一緒に歩けそうにないんだ 」

「 … 」

分かってた、彼がもう長くは無いのも。

でも、彼が好きだという気持ちには嘘は付けなかった。

「 貴方の隣には今誰がいるの? 」

「 …え 」

「 私がいるでしょ、歩けなくてもこうやって貴方の傍にいるから。私の隣は君専用の特等席なんだから」

だから……


読んでいる途中にガタンと電車が大きく揺れて、停車する

読んでいる文字に目を離し、乗客口に目をやった。

いつもより少ない乗客数、に彼は居た。

なんで、いつもより早い時間に乗ったのに。

彼も驚いていた、彼はいつも私と向かい合わせの席に座るのに、今日は隣に座ってきた。


「 おはよ 」

「 …おはよう 」

「 なんでいつもより早く乗ってんの 」

「 それは、こっちのセリフ 」

「 俺に会いたくなかったから? 」

「 そうかもね 」

「 奇遇だ、俺も君に会いたくなかった 」


電車が揺れ始めて、私はまた小説に目をやる

彼もカバンから小説を取りだして読み始めた

私も彼らみたいに気持ちが伝えられたら、でも出来なくて
卒業式の今日、気持ちを伝えぬまま終わろうと思っていたのに。


君は乗ってきた。


いつもより早い時間なのに、いつもと変わらない君が乗ってきた。


隣でページをめくる音が聞こえる。

君におすすめした小説、読んでくれていたんだ。

しかも終盤、いちばん面白いところ。


あぁ、私は気持ち伝えられそうにないや。

絶対後悔するだろう、後悔するためにいつもより早く乗ったのに。


私に後悔させないために君は乗ってきたの?


小説にもあった「 一度きりの人生を 」


その言葉を思い出す。


「 あのさ 」

「 ん?なに 」

「 私さ…あなたのこと 」

8/25/2024, 10:33:56 PM