sairo

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焚き火の音に、虫の音が混じる。
上限の月が照らす、穏やかな夜だった。

「そう言えば、昔もこうして集まったことがあったよな」
「あぁ、そう言えば。確か、夜を語り明かそうと言いながら、皆すぐに寝ちまったんだっけ」
「言い出しっぺが、一番最初に寝たんだよね」

笑い声が漏れる。
焚き火を囲む皆の表情は笑顔に溢れ、とても穏やかだ。

「そう考えると、大人になったよな俺たち」
「そりゃあ、大人にもなるさ。中身はどうか知らないが」
「確かに。中身はずっと永遠の子供とか、ある意味羨ましい?」
「まさか!成長してないってことだろ」

ぱちり、ぱちりと火の爆ぜる音。
思い出話を肴に、夜がゆっくりと更けていく。

「成長してないって言えばさ、先生も成長したのかな?」
「何かあるとすぐに泣いていたもんな。最終的に生徒の俺たちが宥めることになって」
「んでもって、何でかさらに泣くんだよ。『皆優しい子に育って、先生は酷く感動している!』ってさ」
「似てる!ほんとに毎回泣く先生だった」
「最後にも泣いてさ。目が真っ赤になって、過呼吸でそのまま倒れるんじゃないかってくらいだった」

くすくす、くすり。
不思議と眠気は訪れない。話は益々盛り上がり、夜に賑やかさを添えていた。

「色々あったなぁ。こうやって思い返してみれば、楽しいことばかりだった」
「おぉ!あの頃、毎日のように退屈だと叫んでいたのに、じじいみたいだな」
「うっせ。成長したと言え、成長したと」
「落ち着いた分別のある大人になってから言ってくれ。せめて落ち着いてほしい。もうそれだけでいいから」
「なんだよ。おれ、そんなに落ち着きがないか?」
「落ち着いてたら、学生時代の生傷はほとんどなかっただろうね」
「もう少し考えてから行動できていれば、変わってただろうな」

ふ、と声が途切れた。
炎に揺らぐ表情は笑みを湛えている。それぞれが昔を懐かしみ、思いを馳せているようだった。

不意に、鳥の鳴く声がした。
はっとして見上げた東の空は、いつの間にか白み始めていた。


夜明けだ。長い夜の終わりが訪れた。

「もう朝か」

誰かの呟きが、静かな空気を震わせる。

「あぁ、朝だな」

それに答えれば、炎に照らされた皆の姿がゆらりと揺らぎ出す。

「案外早かったな。秋の夜長って言うくらいだから、もっと話せるかと思ってた」
「そうだね。正直まだ、話し足りないかも」
「久しぶりだったからね。時間がどれだけあっても話はつきないよ」
「まあ、でも。楽しかったな」

楽しかったと、笑う声が朝焼けに解けていく。
炎の揺らぎが小さくなっていく。ゆらりゆらりと名残惜しむかのように揺れて、やがて一筋の白い煙を残して炎は消えた。

「それじゃあ、またな」
「また、なんだ」
「またでいいだろ。嫌なのかよ」
「いいじゃん。さよならよりずっといい」

皆の姿が揺らぎ薄くなる。最後まで笑顔を浮かべ、手を振った。

「――そうだな。また」

笑顔を浮かべ答えると、力強く頷いた皆は朝に解けて消えていった。

ひとりきり。
燻る煙が、いつかの線香のように空へと昇っていった。



「確かにまだ、語り足りないもんな」

一人残されて、立ち上る煙を見つめていた。
陽は昇り、空は澄み切った青が広がり始めている。
ふっと、密かに笑みを浮かべ、立ち上がる。焚き火の後始末を澄ませ、傍らに置いた集合写真を手に取った。
よれて涙の染みが滲む写真。そこに写る皆は揃って笑顔を浮かべていた。
だから皆笑顔だったのだろうか。取り留めのないことを考え、丁寧に写真をしまう。
片付けを終えて朝陽を見ていれば、不意に眠気が襲い始めた。
夜通し起きていたのだから仕方ない。帰る前に一眠りするため、テントに戻る。
寝袋に潜り込めばすぐに意識は沈み、穏やかな微睡みに身を委ねた。

――今度来る時は、先生も連れてこようか。

卒業後も縁のある教師の、小さくなった背を思い浮かべながら笑みを浮かべる。
涙もろいのは変わらないが、彼も随分と穏やかになった。会えば皆驚くだろうか。

ぱちりぱちりと、耳奥で火の爆ぜる音が鳴る。
子守歌のように優しいその音に導かれ、夢の中へと落ちていく。

在りし日の皆と共に、過ぎていった夏を追いかける。
そんな滑稽で優しい夢を見た。



20250911 『ひとりきり』

9/13/2025, 6:43:42 AM