星を追いかけた。
目に見える星を全部手に入れたくて必死だった。
「やーな!」
「あ!おはようたくちゃん」
これお袋から、そう言ってたくちゃんは大きなスイカを掲げた。
蝉の音がうるさく鳴り響く今日この頃。
夏休みに入ると言うのに若者は私たち二人しか見当たらない。
見渡す限り山と畑ばかりで、面白みが無いのが原因だと思う。
「もう若いのは私たちだけになちゃったね」
昔遊んでくれた近所のお兄ちゃんお姉ちゃんは都会に進学してしまった。
「そーだな。でも俺がいるじゃん」
たくちゃんはそうぶっきらぼうに言う。
いつも飄々として何考えているか分からないくせに。
たまにドキッとする言葉を言うたくちゃんがカッコ良くてなんだか負けた気がして嫌だ。
「そーだけどー」
「俺だけじゃ不満?」
「不満じゃないけど!!」
良かった。そう言ってたくちゃんは笑う。
(人の気も知らないで、調子のいいことばかり言って!!)
「どうした?」
「、、、なんでもない」
ガキだな。そう言ってまたたくちゃんは笑う。
その横顔を悔しいくらいにカッコイイ。
「お兄ちゃんお姉ちゃん元気にしてるかなー」
「年賀状も毎年届いてるし、元気なんじゃないか?
、、、ところでさ、やなは将来何になりたいのか決まってるのか?」
「、、、何?急に」
「急でもないだろ俺らもう3年生だぜ?そろそろこの村を出るか考えなきゃいけないんだ。」
「、、、たくちゃんは決まってるの?」
「うん、俺この村を出るよ。医者になりたいんだ。それで、、、」
あぁ、聞かなきゃ良かった。
そんな事を思ってしまった。
しっかり者のたくちゃんのことだからこの村から出ていってしまうことをある程度覚悟はしていた。
でも本人の口から聞いてしまうと現実味が増して余計悲しくなってしまう。
「、、、いつから?」
「幼い時から、、、俺のじいちゃん覚えてるか?」
「うん、昔一緒に遊んでくれたよね」
「そう、大好きだったんだ。物知りで、男気があって、尊敬してた。でもじいちゃんが倒れたあの日、俺何もできなかったんだよ。
ただ見てるだけでさ、皆は幼かったからしょうがないって言ってくれたけど、俺もっと早く気づいてたらまだじいちゃんはここにいたんじゃないかって思うんだ。
だからさ、勉強して医者になって大切な人を守れるような奴になりたいってそう思ったんだよ。」
そう言ってたくちゃんは前を向いた。
、、、カッコイイな。
たくちゃんはいつも自分の力で道を切り開いてる。
それに比べて私はダメだなぁ、、、。
人に任せてばかり自分の意思も主張できない。
こんな私がたくちゃんのそばにいたいと思うのも烏滸がましい。
「ごめん私用事思い出した!!ごめんたくちゃん帰るね!!」
「ちょ、おい!」
これ以上惨めになりたくなくて一刻も早くたくちゃんの傍から逃げ出したかった。
(叶うならずっと一緒になんて、馬鹿だなぁ私)
「おかえり、やな」
「ただいま!」
たくちゃんと別れて、家に帰ると、新聞を読むお父さんの姿と、台所に立つお母さんの姿があった。
お母さんは、パタパタとスリッパの音を鳴らしてお父さんの隣へ座ると、私も席に着くように促す。
「どうしたの?2人とも改まって」
お父さんは読んでいた新聞を置くと、真剣な眼差しで私に問う。
「もうすぐ3年生の夏休みに入ろうとしているだろ?
進路について話を聞いておきたいと思ってな」
「私は前にも言ったじゃん、高校は行かずにお父さんのお店を継ぐって」
「それは、若者の少ないこの村にとってはとても助かるかもしれないね。でも親として、娘をこの小さい村に縛っていたくないんだよ。
やなには、色々なものを見て考えて生きて欲しい。
そのための支援は惜しまないし、それをできるための準備もしてきた」
「でも、私は、、、」
「やなは本当はどうしたい?」
「わ、私は、、、」
2人は急かすこともせず、私を見守ってくれている。
きっと私の考えていることもお見通しなのだろう。
でも私が自分の意思で、自分の力で、生きてゆけるように私の続く言葉を待ってくれている。
「私は、、、進学したい。たくちゃんみたいな大層な夢がある訳でも秀でた才能がある訳でもないけど、
大切な人に胸を張って紹介して貰えるような立派な人
でありたいと思うの。そのために色々なものを見て知って学びたいと思うの。」
私が話終わるとお父さんは無言で通帳を差し出す。
それは私見た事も無い多くの金額が記入されていた。
この金額を貯めるのにどれだけかかったのだろう。
一朝一夕で手に入る金額じゃない。
「どうしたのこれ」
「準備をしていたって言ったろ?僕たちはやなの気持ちを尊重するよ」
きっと優しい両親のことだ。私がどう決断しようと応援してくれるのはわかっていた。
「頑張ってね」
そう言ってくれる両親に私は頭を下げた。
「やーな」
「たくちゃん!」
「聞いたよ、進学するんだってな」
「なんで知ってるの!?」
「俺のお袋の友達の2個隣の家の従兄弟の旦那の妹の息子の嫁の叔父の隣に住む花子の養子のまさやの娘から聞いた」
「お母さんの友達の2個隣の、、、なんだって??」
「フッ、あはは!!ごめん冗談だよ。本気にするとは思わなくて」
「もー!!たくちゃん!!」
「はー!面白い。ごめんって、でもやなの顔みたらすぐ分かるよ。なんか吹っ切れた顔してる」
「私、そんなわかりやすい?」
「まー、ずっと一緒にいるし大抵の事はわかるよ。」
見てて飽きないよ。そう言ってまたたくちゃんは笑う。
ひとしきり笑うと、たくちゃんは空を仰ぎながら呟いた。
「この村で過ごせるのもあと少しか、、、。きっとこれから色んな出会いがあって学びがあって、挫折があって。でもきっとその度に村の人の笑顔を思い出すよな。」
「そうだね、、、。
ねぇたくちゃん、私の事忘れないでね」
「何言ってんだよ、忘れたくても忘れられないよ。
、、、って言うか俺と同じ高校行かないつもり?」
「だって私とたくちゃんの成績があまりに違いすぎて、行きたくても行けないよ」
「じゃあ、これから毎日勉強だな。分からないところは教えるからさ。
、、、俺は昔も今も未来もずっとお前と一緒に過ごしていたいと思うよ。やなは?」
「私もそうありたいと願ってる。たくちゃんの隣に立っても恥ずかしくないような立派な女性になって見せるんだから」
「今も十分、、、」
「どうしたの?」
「なんでもない!帰るぞ」
「待ってたくちゃん!」
7/22/2025, 10:12:50 AM