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見た目からは、誰もが『障がい者』だとは思わないだろう。

声を出して話すことができてはいても、相手の「言葉」は聞き取れない

耳が聞こえないというのは確かに”耳“という器官の障がいではあるのだが、実質には『コミュニケーション』の障がいなのだ。

音声のコミュニケーションで、初めて相手が違和感を感じたり、あるいは訝しむ。

外に出るたびに、誰かと会話をしなければならない状況にあるとき、わたしはいつもうんざりする。

昔からずっとこうだった。慣れてはいても、いちいち説明しないといけないのかと時々は疲れてしまう。

もう数年以上経った今でも、悔しさと悲しみで忘れられない思い出がある。
それは免許更新の出来事だ。

手続きや撮影など進み、講習が終わったあとは、新しい免許証を貰う手筈となっているのだが-

ここで一つ、困ったことがある。
名前で呼ばれるのだが、いかんせん自分の苗字ですらハッキリとは聞き取れない。
しかもスピードも早く、忙しなく次から次へと読み上げられている。

そこで、ある年は、途中で読み上げてるスタッフに近付いて説明しようと口を開いた。
しかし、スタッフは厳しい目で、これまたキツい口調で遮断した。

何を言ったかは分からなかったが、無理だと悟った。仕方なく、待った。他の人が受け取っては去り、待合室には誰一人も居なくなるまで、その場に居続けた。

そのスタッフはまたしても怪訝そうに、ただ一人残された私を見つめる。
そして静かに近付いたーそこでようやく、名前と私が耳が聞こえないということを一言のみ伝えた。

年老いた彼はハッとした。バツが悪そうな顔も、もう見たくはなかった。
一枚だけ置かれてある、自分の名前が載ってある免許証をバッと取り、ドカドカとわざと足音を聞かせてその場を後にした。

私は怒っている-悔しくて、悲しくて、そして今までにないほど腹が立っていた。
でも、それをぶつけることはできない。相手がなにか悪いことをしたわけではないのだから。

それでも、今までの中で一番、やるせない気持ちになってどうしようもなかった。
この時の免許証は顔写真すらも見たくはなくて、財布の中に納める時も裏返して見えないようにした。

今は県外に引っ越し、新しい免許証に変わっている。それでもあの時の嫌な思いを忘れたことはなく、免許更新の時は気が進まないのだ。

8/24/2023, 12:25:39 PM