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一人暮らしのアパートに帰ると、部屋いっぱいに、見慣れた顔をした子供と懐かしい猫がいた。
どれも同じ子供、同じ猫。子供の年齢と猫の大きさには差異がある。

これはみんな、ぼくと、ぼくの猫だ。

昨日は久しぶりに日記をひもといて思い出に浸っていたから、うっかり日記をしまっている箱に鍵をかけるのを忘れてしまったようで、思い出が勝手に出てきて遊んでいる。

「あーあ」
苦笑しながらもしばらくの間、懐かしく眺めて、それから。猫と子供の首根っこを掴んで一組ずつ箱に押し込むと、日記帳の一ページ程度の重量しかない彼らは、抵抗もなく箱の中に消えていく。
それを何度も繰り返し、部屋の中には泣きはらした顔で膝を抱えてうつむく少年と自分しかいなくなった。
その姿から、その仕草から。
彼の猫は、彼の心に穴を開けて空へとのぼったばかりだとわかる。
他の子供よりも年かさの彼の頭をそっとなで、顔も上げずに一点を見つめ続ける少年を、他の子らと同じように箱にしまって、最後に鍵をかけた。

箱を置いて、ぎゅっと胸を押さえる。
猫があけた穴は猫でしか埋まらないという。
僕の心にも彼とそっくり同じ形の穴がある。真新しい彼の穴とは違う、縁の固まった古い古い穴だ。
「新しい子をお迎えしようか?」という言葉に首を振り続けていたから、同じ形にずっと開いたままだった。

「……友達が、子猫を拾ったらしくてさ。すごくやんちゃなんだって。もらい手がどうしても見つからないって、いうから」
箱に貼られた写真に触れる。猫を抱えた子供が笑っている写真。思いでの中のぼくと、ぼくの猫。
「もやもやした染みみたいな模様があるから大きくなったらお前みたいなぶちになるかもなあ……」

机の上には真新しい日記帳。
これに明日からの子猫との日々を綴っていく。

1/19/2023, 1:24:33 PM