楽しい
癒される
救われる だなんて
素直に言えたら良かったのに
【あなたがいたから】
「うわマジか」
時間は夜。
仕事を終え、オフィスのエントランスを出ようとしたところで雨が降っていることに気づいた。ビル内にいても分かる程の降り具合とみた。ザー、ザー、ザー、とシャワーを浴びているような、滝に打たれているような、そんな音。外に出なくたって分かる。すごい雨量だ。
おいおいおい。
今日降るとか聞いてないんですけど。
傘、持ってきてないんだが。
「お疲れぃ後輩よ。今日も残業だったのか」
「あ、先輩」
後ろからぽん、と肩に手を置かれたので振り返ると同じ部署の先輩が隣にいた。先輩とは何年も同じ部署で付き合いも長いため僕も気心が知れていた。雨やば、と先輩も額に手を当てながらビルから見える雨を眺める。
「ここは熱帯地域ですか?ってくらいの雨の量じゃん」
「雨の量すごいですよね…僕傘持ってきてないんですよ」
「マジか。折り畳み傘で良ければ入ってくか?」
「いいんですか」
「まぁでもこの量だと意味ないかもしれんけど」
「頭が守れたらそれで」
「りょーかい。じゃあ今から取り出すわ」
先輩は頷き鞄から折り畳み傘を取り出した。折り畳み傘にしてはやや長めで重量がありそうな、黒い傘だ。
「しかし最近の雨さ、おかしいよな。しとしと〜とかそんな風情のある可愛い感じじゃねーし」
「そうですね」
「地球もいよいよおかしいんじゃね?温暖化の影響でーとかよく聞くけど、絶対他に理由ありそう」
「出た先輩の癖」
「癖とは何だよ癖とは」
相合傘とかいつぶりだろうなぁ、と止め紐を外しながら先輩は呟く。
「高校以来かぁ?誰かと傘を共有するなんて」
「めっちゃ青春じゃないですか。気になる女子とかとですか」
「いや地元のばあちゃん」
「良い人エピソードだった」
「気になるっちゃ気になるだろ。ザーザーの雨の中を手押し車を引いて道歩こうとしたんだから」
「別の意味で気になりますねそれ!」
お婆様、元気あるとかの次元じゃなかった。
まぁ、でもさ、と傘の柄を伸ばしてながら先輩は僕をみる。
「傘一つで良い人になれるなら、持ち歩くのも甲斐があるってもんっしょ」
「ですね。今それを僕に言わなければもっと良かったです」
「水をさすなよ入れてやんねーぞ」
「ごめんなさい」
「傘だけに」
「僕の謝罪、前言撤回していいですか」
それから僕たちは二人並んで会社を出た。
やはりというか、案の定というか、傘なんて意味がなかったくらいにずぶ濡れになった。もう先輩と笑うしかなかった。【相合傘】
6/21/2024, 8:30:05 AM