sairo

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※ホラー


何でも願いを叶える社があるらしい。


曰く、願いを叶えるにはいくつかの手順が必要だという。

一つ。鳥居の先にある祠の中から和紙を取り出し、代わりに自分の名前を書いた紙を入れる。
二つ。和紙を口に咥え、祠の横の細道を辿り奥へと向かう。
三つ。細道を歩いている時には決して声を出さず、立ち止まってもいけない。
四つ。社へと辿り着いたら、願いを書いた紙を賽銭箱に入れ忍び手を三回打つ。
五つ。来た時と同じように声を出さず、立ち止まらずに祠へと戻り、名前を書いた紙を回収する。


その話を聞いた時、肝試しにぴったりだとそう思った。
夜中に一部始終を動画に収めて配信すれば、一躍有名になるのでは、と。
ただそれだけを考えていた。


「……っ…」

口に咥えた和紙を落とさないよう、必死で声を押し殺した。
出来る限り音を立てぬ様にゆっくりと、けれども決して立ち止まらずに来た道を只管に戻る。

ただの肝試し。ただのお遊びのつもりだった。


行きはよかったのだ。
辺りの暗さに何かの気配を感じると嘯き、祠に入っていた和紙に大袈裟に驚き。実況のために和紙は咥えず手に持ち、小声で都度反応しながら社に向かった。社に着くまで何も起こらず、願いを書いた紙を賽銭箱に入れても何もなく。
少し拍子抜けしながら細道に足を踏み入れた。
そこまでは楽しい肝試し、だったはずなのだ。


風に靡く木々の音。歩く音。鳴き声。

空気が変わった。そんな気がした。
慌てて手にしていた和紙を口に咥え、出来る限り足音を立てずにゆっくりと歩く。

木々の音。歩く音。呼吸音。鳴き声。


泣く、声。




  して

                 えしテ

かエシて

                 カエして

かえして


       『返して/帰して』


人のような何か。
大人も、子供も、女も、男も。年齢も性別も異なる人の形をした何かが。
一人、また一人と、数を増やして。

増えていくそれらは、皆顔が無かった。


泣いていたのは果たして誰か。
顔の無い何かか。それとも自分か。
何が起きているのか。何故こんな事が起こっているのか。

漏れ出しそうになる声を必死で押し殺す。止まりそうになる足を必死で動かし祠に向かう。
肝試しに来た軽率さを悔やみ、手順を破った愚かさを嘆いた。
涙でぼやける視界の中、終わりを求めて只管に歩き続けた。





「ねぇ、かえして」

手を、引かれる。
顔の無い、女の姿をした何かが、口も無いのに囁いた。

「かえして。だめなら、かわりをちょうだい」
「かえして」
「かえして」
「ほしい」
「ちょうだい」
「ちょうだい」

もう片方の手を別の何かに引かれ。
たくさんの顔の無い何かに囲まれて。
腕を、肩を、胴を、頭を。

無数の手に引かれ。囁かれ。

「ゃめろ!いや。やだ、いやだぁぁぁ!!」

叫んでも助けは来ず。


後には、何も残らずに。





祠から紙を取り出す。
書かれた名は偽りだが、息を吹き掛ければ文字が揺らめき真名を浮かび上がらせる。
男の名。ありきたりな文字の並び。
戸惑う事なく紙を飲み込んだ。

ゆらりと姿を変え、名を祠に置いた男の形を取る。
服に触れ、顔に触れ、腕を伸ばし。しばらくその姿を堪能するが、次第に飽いて元へと戻る。

地につく程の長い白髪。虚ろいだ白の瞳。男とも女ともとれる顔。
にたり、と唇を歪め、細道へと足を向ける。

そこには誰の姿もなく。誰の声も聞こえない。

「哀れ、哀れ。実に愚かなれや」

嗤う声。
どこかでかえして、と声がして、耐えきれずくつくつ喉を鳴らす。


かえしても何も、祠に名を納めたのは自身であろうに。

様々を寄せ集めたつぎはぎの儀式などを信じた人間が悪い。
だがそうした人間がいるからこそ、こうして名を喰らう事が出来るのだから、有難き事ではある。

されど、まだ足りぬ。
百を集めど腹は満たされず。三百集めど更に飢えを覚え。



ふと、男のいた場所に四角い何かが落ちている事に気づく。
手に取れば、冷たい金属の重み。辺りを映しとる絡繰。
流れる文字を見遣り、手を伸ばす。



白の瞳と視線が交わる。





こんこん、と。


窓を叩く音がする。



20240721 『私の名前』

7/21/2024, 4:54:09 PM