77.『遠くの空へ』『足音』『終わらない夏』
「終わらない夏、か……」
俺はベンチからグラウンドを見て呟く。
視線の先では、我がチームの四番バッターが豪快に空振りをしていた。
何回目かも分からない見慣れた光景に、俺は深くため息をついた。
ウチの野球部は弱い。
県内、いや日本で一番弱いと言っても過言じゃない。
それほどの弱さなので、公式戦では一度も勝った事は無い。
練習試合も『手ごたえが無さすぎる』と組んですらもらえない始末。
そんな経緯もあって、俺たちは誰からも期待されず、俺たち自身ですら負けるのが当然だと思っていた。
そんな俺たちでも、どうしても負けられない戦いというものがある。
夏の甲子園だ。
高校生球児にとって、甲子園は特別だ。
誰もがその場所に憧れ、死に物狂いでそこを目指す。
優勝しても、特別な何かが貰えるわけじゃない。
けれど、甲子園には俺たちを振るい立たせる『何か』がある。
その何かを手に入れるため、負け犬の俺たちも気合を入れて試合に臨むのだが……
「ストラーーーイク、バッターアウト!」
案の定と言うべきか、予想通りと言うべきか。
一回戦にして、誰一人としてヒットを打つことが出来ない。
相手は特別良いチームという訳ではないのだが、俺たちではまったく手も足も出なかった。
ウチが弱すぎるのだ。
「ゲーームセット!」
そして審判がコールする無慈悲な宣告。
俺たちの敗北が決定づけられた瞬間だった。
「夏が終わった」
チームメイトが口々に言う。
みんな泣いていた。
当然だ。
あれほど練習に打ち込んだのに、手も足も出なかったからだ……
だが俺は違う。
泣けなかった。
泣くほど努力してないということではない。
これで終わりじゃないことを知っているからだ。
俺は泣きじゃくるチームメイトをよそに、ゆっくりと目を閉じる。
一呼吸した後、目を開ける。
そこに悲痛な顔をしたチームメイトはいなかった。
いるのは、勝利をもぎ取ろうと気迫をみなぎらせる漢たちであった。
一体何が起こっているのか……
最初は何も分からなかったが、今ならわかる。
どうやら負けるたびに、試合前に戻るらしい。
俺は過去にタイムループしているのだ!
なぜこんな不可思議な事が起こるのか?
俺は能力者ではないが、心当たりが一つだけある。
昨日の事だ。
俺は近所の神社に行ってお祈りをした。
もちろん勝利祈願。
今年こそは一回くらい勝ちたいと、必死にお願いしたのである。
神頼みでも他力本願でもいい。
どうしても勝ちたかった。
俺は悔しかったのだ、自慢のチームメイトがバカにされるのが。
俺は人生で一番熱心に祈ったし、賽銭も奮発してお年玉を投入した。
しかし結果はご覧の通り。
あっさり負けた。
だが神様は見ていたらしい。
こうして俺を過去へと戻し、もう一度チャンスをくれたのである。
最初は喜んだ。
しかしまた負けた。
細部こそ違えど完敗であった。
でもまた試合前に戻った。
どうやら勝つまで面倒を見てくれるらしい。
神に感謝しつつ、試合に臨んだ。
また負けた。
そこで俺は、ある不安を抱いた。
『これ、ひょっとして無限ループじゃね?』と……
何回繰り返したところで、チームの弱さは変わらない。
繰り返している内に、俺がヒットを打てるほど上手くなったものの、それに何の意味があるだろう。
野球は一人だけ上手くなっても意味が無い。
俺が打って、皆が打って、そこで初めて得点になる。
野球はチームプレイが重要なのだ。
そして今回のループもヒットが出ることなく時間が過ぎていく。
ウチのチームのヒットは俺だけ。
相変わらず誰も打てなかった。
そして迎える最終回。
無得点のまま、俺の打席が来た。
皆が俺の活躍に期待する中、俺はなんともいえない心持ちであった。
確かに俺は打てる。
同じ試合の繰り返しの中、何回も対戦したピッチャーだ。
今なら目を瞑っても打てる。
誇張でもなんでもなく、ただの事実だ。
でもそれに何の意味があるだろう?
俺が打ったところで何も変わらない。
ヒットを出したところで、他の奴が打たないのだから。
だがそれでも打つ。
俺の奮闘を見た仲間が、奮い立ってくれるかもしれないからだ。
一人は皆のために、皆は一人のために。
俺は仲間たちのため、打席に立ってバットを振る。
いい感触があった。
力強く振り抜くと、小気味いい音を立てて球が飛んでいく。
ピッチャーが見上げ、外野手が見上げ、。
遠くの空へ消えていく白球。
そして観客席へと落ちた瞬間、歓声が巻き起こった
人生初のホームランだった
自分の足音すら聞こえない歓声の中、俺はゆっくりとベースを回る。
初めての経験に俺は少し恥ずかしく思いつつも胸を張る。
そしてベンチで出迎えてくれたのは笑顔でいっぱいのチームメイトたち。
この時だけは『繰り返し』のこと忘れ、仲間たちと喜びあった。
そして俺は気づいた。
俺たちが本当に望んていたのは、甲子園ではない。
苦しい時に一緒に泣いて、楽しい時に喜び合える、大切な仲間たちだった。
仲間さえいれば、どんな逆境も苦にならない。
俺は最初から欲しい物を持っていたのだ。
あとは俺たちが勝って、繰り返しから抜け出すだけ。
チラとスコアボードを見る。
スコアは1対20、9回裏ツーアウト。
もちろん負けているのが俺たちだが、何も問題ない。
なぜなら俺には頼れる仲間たちがいる。
ホームランを20本ほど打てば、逆転勝ちだ!
……うん無理だな。
いくら諦めない心が大切だからって、これはない。
繰り返すまでもなく知っている。
ウチのチームは最弱であると……
グラウンドでは、三振するチームメイト。
どうやら今回も負けらしい。
短い夢だった。
「仲間を強くする方法を考えないとな……」
俺の夏は、まだ終わりそうにない。
8/24/2025, 2:40:44 AM