『雨に佇む』2023.08.27
雨の降りしきる江戸の街。いつもは賑やかな街も、雨が降ると静かになる。
どこの店も早々に閉めており、こんな日に往来に出ているのは飛脚ぐらいだろう。むろん、登城帰りの自分も含まれる。
傘を借りて帰る道すがら、雨に佇む男を見つけた。
今、うちに用心棒として逗留してくれている足軽である。
そのうえ、上様の間者というややこしい立場の男だ。
「なにしてんの」
ずぶ濡れの彼に声をかける。傘をさしかけてやると彼はいつもの慇懃な態度で断った。
「当主様をお待ちしておりました」
関係者なのだから中に入ればいいのにと伝えるが、彼はゆるく首を振るだけだった。
「帰りましょう」
彼に促されては、仕方がない。素直に歩みを進める。
こんな雨だというのに、彼は足音を少しも立てない。本当に着いてきているのか不安になったので、ちらりと振り返ると、彼はちゃんと着いてきている。
「どうされましたか?」
不思議そうにする彼に、なんでもないと首を振った。
帰宅すると家人がすっ飛んでくる。ずぶ濡れの彼に体を拭く布を差し出した。
そうすると、彼は素直に受け取る。表情も幾分か柔らかくなった。
傘が差せないのは彼の身分ゆえ。
自分が出てくるまでの間、雨にうたれていた彼を思うと、難儀で仕方がないと思った。
8/27/2023, 1:04:17 PM