【祝福のブルース】
夜が深くなってきたわね。
怖い話でもしないかって?
知ってるでしょ、私が怖い話嫌いなこと。
……ええ〜、眠れないの?
仕方ないわね。
それじゃ、素敵なお話をしてあげるわ。
私、実は昔は海に住んでいたの。
信じてくれないでしょうけど、人魚だったのよ。
海も陸もどちらも楽しいけれどね、生涯でいちばん美しい経験をしたのは、海にいたときよ。
このお話したら、寝てくれるかしら?
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私は16歳の頃に、初めて恋をしたの。
陸に住んでいる人間だったわ。
その日は空が真っ青で、波が穏やかだったわ。
砂浜でのんびり歌を歌っていたら、彼がやってきたの。
ビックリしちゃって、慌てて隠れちゃったけど、岩陰から彼を見ると、それはそれはとても素敵な容姿をしていたの。
「人魚姫」っていう童話があるでしょう?
まさに、あれと同じだったわ。
やっと人魚姫の気持ちが分かった気がしたの。
一目惚れだったわ。
あの日から、彼のことが頭から離れなくなったの。
毎日毎日、彼のことばかり考えていたの。
彼とお話してみたい、とか、彼と手を繋いで歩いてみたい、とか。
毎日そんなことばかり考えていたわ。
それから、毎日のように海岸の近くへ出向いたわ。
いつか、また彼が来るんじゃないかって。
人魚と人間の恋って難しいけれど、私ならきっと出来るって思ってたの。
だって、1回しか見たことのない人のことをいつまでも覚えてるのよ?
それって運命の恋じゃない?
だけどね、彼は全く来てくれなかった。
次第に悲しくなったわ。
「運命じゃ無かったんだ」って思ってしまって。
彼と出会って1年が経った頃には、もう海岸には出向かなくなってしまったの。
そうして2年の月日が経って、私は久し振りに海岸に出向いたの。
あの日と同じように、空が真っ青で波が穏やかだった日のことよ。
私は砂浜に座って、のんびりと歌を歌っていたの。
そしたら、何が起こったと思う?
驚いたことに、彼がやってきたの。
ビックリしたわ。
まさか、また会えるとは思ってもいなかったんですもの。
でもね、彼は1人じゃなかったの。
隣に、彼と同じくらいの歳の女の子がいたの。
女の子は艷やかな髪を風に靡かせていて、彼は女の子の横でやけにソワソワしていたわ。
私、直感的に悟ったの。
「ああ、これから彼はプロポーズするんだ」って。
やっぱり、あれは運命の恋じゃなかったみたい。
しばらく、岩陰に隠れて様子を見ていたんだけど、一向に彼がプロポーズしないから、こっちまでドキドキしちゃったわ。
早くプロポーズしちゃいなさいよ、と思ってしまったわ。
でも、突然彼は覚悟を決めたみたい。
真剣な顔つきになって、女の子にこう言ったの。
「貴方は、僕のことが好きですか」
しばらく間が空いて、女の子はこう答えたの。
「……はい」って。
「あの、良ければ……その……僕と一緒に、ずっと一緒にいてくれませんか?」
これが、彼が言ったプロポーズの言葉だったわ。
女の子は何て答えたと思う?
「……よろしくお願いします」って答えたわ。
彼の恋は、見事に叶ったの。
私は、彼らの前に出てきて祝福することは出来なかったけれど、とても気分が良かったから、こっそりと歌を歌ってあげたわ。
「あれ、どこからか歌声が聞こえる」
「きっと、誰かが私達の恋を祝ってくれてるのかもね」
2人はお互いを見つめて、幸せそうに微笑んでいたわ。
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ところで、人魚には素敵な力があるって知ってた?
人魚の歌声には、願いを叶える為の魔法が込められているの。
私は、こんな願いを込めながら歌ったわ。
2人が、いつまでも一緒に幸せにいられますように、って。
2/20/2025, 11:01:57 AM