ティーカップの縁に、口紅がべとり。
高発色の、ディープなオレンジブラウン。
カップにはまだ、なみなみと紅茶が残されていた。
「……お口に合わなかったかしら」
私がおずおずと尋ねると、彼女は薄く微笑み首を振る。
「お腹がいっぱいなのよ」
そう、と控えめに返事をすれば、またたく間に再び無言の時間が訪れた。彼女の笑みも、消えた。
今日は旧友である彼女と、我が家でお茶会の約束。
私が結婚してからは、願っても会えなかった。
思い出話に花を咲かせるつもりが、どうしてこんなにも重苦しい再会になってしまったのだろうか。
彼女の到着時間に合わせて焼いたマドレーヌは、お互い手をつけることもなく冷え切っていた。
「……大丈夫よ、貴女を独りにはしないから」
沈黙が破られたことより、彼女の表情が気になった。
学生の頃から気の強い彼女が、私の顔色を窺っている。
静かに促されるように、彼女の視線を辿った。
――べとり。
エプロンに、白地のレースが見えないほどの何か。
鈍くて重苦しい、暗赤色。
――べとり。
酷く散乱している部屋、不自然な果物ナイフ。
至るところに、赤、朱、赫。
日常的な暴力は、こうも人を狂わせるらしい。
掛け違えたボタンは、とうに引きちぎられていた。
長年叶わなかったお茶会がようやく開かれたということは、そうかつまり、ついに私は――
「た……すけて……」
殺し損なった。
警察に捕まる前に、「奴」に殺される。
気が付けば、奴に付けられた痣をしきりに擦っていた。
「――ちょっと御手洗、借りるわね」
それだけ言い残して、彼女は部屋を後にした。
あの果物ナイフが、消えていた。
2024/11/04【哀愁を誘う】
11/5/2024, 1:22:09 AM