【君の声がする】
歌うのが大好きな、一人の乙女がいた。
何をしても上手くいかない彼女の唯一の趣味だった。
毎朝教会で聖歌隊の歌の練習を聞き、その足で森へ行き一人で歌を歌った。
町のみんなは彼女の歌声を嫌った。彼女の歌を聞いて何も言わないのは魔法使いだけだった。
だから彼女は魔法使いの住む森で歌ったのだった。
魔法使いは町の人達から頼りにされていた。
彼女も自分を否定しない魔法使いが好きだった。
ある日、彼女は森で魔法使いに出くわした。
彼女は楽しそうに笑って魔法使いに声をかけた。
「魔法使いさん。私の歌を聞いてください。森と歌えるほど上手くなったら、お姫様になれるかしら」
彼女の歌を遮って魔法使いは話した。
「町のみんなは君の歌が嫌いなようだ。よく頼まれるよ。あの娘から声を奪えと。」
「…あなたは?私の歌、聞いてくれますか」
「…毎日君の声がする。どうだっていいよ。穏やかな森が起きるから、もう少し静かにしてほしいけど」
彼女は少し目を見開いて、「ごめんなさい」と呟いて黙ってしまった。
その日から、彼女は静かな娘になった。
家の仕事をすること以外、ボーッと空を眺めていた。
時々少しだけ口ずさみかけては泣いてばかりいて、それで怒られてしまっていた。
ある日、魔法使いは薬の材料を取りに出ていた。
人の声がなく、陽で目覚めた森が気持ちよく歌う。
しばらく歩いていると、倒れている娘を見つけた。
近寄ると例の乙女で、酷く苦しそうにしていた。
痙攣や嘔吐をして、もう目は虚ろで呼吸は弱かった。
彼女は花冠を被っていて、手元には花と葉がちぎられた鈴蘭があった。
魔法使いは彼女が鈴蘭を自分で口にしたのだと悟った。
「どうしてこんなことを。いま君を助けるから」
彼女は薬を取り出す魔法使いの手を握って制した。
「ごめん、なさい…ごめんなさい…もう…」
彼女は弱々しい声で歌いかけてやめた。
苦しそうに己を嘲笑って呂律の回らない言葉を紡いだ。
「はは……おひめ、さま……だって…あはは………」
そう呟くと少しだけ呻くような呼吸を繰り返して、魔法使いの腕の中でぐったりとして動かなくなった。
彼女の頭から花冠が落ちた。
魔法使いはその花冠を魔法でコロネットに変えて彼女の頭に再び被せた。
彼女の亡骸を抱きしめて、魔法使いは泣いていた。
そよ風に乗った小鳥たちの歌が響いていた。
2/15/2025, 11:31:53 AM