水蔦まり

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第九話 その妃、正鵠を射る
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 瑠璃宮の妃――雨華《ユーファ》妃。

 現後宮で最も歴が長く、家柄や教養も申し分がないことから、正妃に最も有力と高官たちが噂している人物だ。
 容姿は申し分ないが、性格は非情に冷徹冷酷。礼儀作法には特に厳しく、それがたとえどのような身分の人間であろうと容赦はしない。


「つまり、この耳飾りに心当たりはないと」

「見た事も御座いませんわね」

「なら、瑠璃宮の侍女たちに話を伺っても」

「結果は同じでしょう。貴殿の御手を煩わせるわけには参りません」


 陰陽師の男はつくづく、この場にあの妃がいなくてよかったと、安堵のため息を吐いていた。でなければ今頃、女たちの口喧嘩に巻き込まれていただろうから。


「では妃は、わざわざ青色の石で耳飾りを作る酔狂な者が瑠璃宮の外にいると」

「そもそも貴殿は、この後宮にまともな思考を持った女がいるとお思いなのかしら」

「ということはあなたもその一人だと」

「少なくとも、貴方と会話はできているつもりだけれど」

「……下女が一人行方不明になっていることについてはどうお考えに」

「運が無かった。それだけね」


 それから、何度か聞き取りをしてから男は席を立つ。
 すると、「少しいいかしら」と声をかけられた。話をしていた陰陽師にではなく、その御付きである宦官にだ。


「何故宦官に? 貴方ほどの美貌があれば、引くて数多だったでしょうに」

「こんなにも美しい方に残念がっていただけるとは」


 その先を問う妃の視線に耐えかね、男は微笑を浮かべながら応えた。


「この道を選んだのは、あくまでも私の意志ですので」


 それでは、本日はこれにて失礼致します。

 そうして静かに頭を垂れ出て行こうとするが、妃は必死さをおくびにも出さない様子で再度引き止める。


「耳飾りについて、どう思っていらっしゃるのかしら」


 問いにどのような意図があるのか。
 何故陰陽師ではなくただの宦官に問うのか。

 男たちは一度視線を合わせ、微かに合図を送り合った。



「その耳飾りがもし贈り物であるならば、贈り主は相手をとても大切に思っていたのではないでしょうか」

「……そう思う理由は」

「耳飾りの宝石は、恐らく藍方石。過去との決別や慰め、励ましなどの石言葉があります」

「……相手に、その心はなかったと」

「妹のようには愛していたかと」

「……口付けまでしても、妹でしかなかったと」

「かわいい妹の頼みを断る兄はいないでしょう」


 その答えを最後に、今度こそ二人は颯爽と瑠璃宮を出ていった。




「……藍方石? 誰がどう見ても瑠璃だと思うけど」

「だねー。僕もそう思うよ」


 城内では好奇や白眼の目で見られる陰陽師も、ひとたび後宮を訪れれば、その端麗な容姿に女たちは心を奪われる。

 その付き人兼案内役として側に仕える、優姿の男もまたその一人。その風貌に微笑みを携え、形の良い唇からは、耳心地の良い言葉がこぼれ落ちてくる。たとえ宦官でも、その腕に一度は抱かれたいと、そう思う女は少なくない。


「……他に、僕に何か言うことは」

「ん? 何もないけど、敢えて言うなら……」


 暗黙に口を閉ざされているが、無論妃も例外ではない。
 帝の寵愛を受けられぬのならと、牽制し合う女たちは大勢いる。何とも愚かで、そして何とも傍迷惑な話であろうか。



「……こうなることは全て、とある方にはわかっていた、とだけ」


 そのような事態にもかかわらず、彼等はこの場を訪れていた。

 とある妃が蒔いた『種』に、水をやるために――。






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2/4/2024, 3:06:43 PM