かたいなか

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「5月9日あたりのお題が『忘れられない、いつまでも。』だったな」
前回は香炉の香りをネタにして、「忘れそうになった頃、また特定の場所から香ってくるので、いつまでも忘れられない」って構成にしたが、普通に今回のお題にコピペしても全然バレなそうだわな。
某所在住物書きは己の過去投稿分を辿り、一度ニヤリ閃いた。「ズルができる」。
問題は、地道に根気よく5ヶ月分辿ればそのズルがバレること。

「ガキの頃、某シマウマ社の香るボールペンが流行して、その香りはなんか、忘れずに覚えてるわ……」
記憶ネタの第2ラウンド。今回は何が書けるだろう。物書きはふと思い立ち、机の引き出しを開けた。

――――――

昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、2010年のおはなしです。
春風吹く頃、真面目で優しい田舎者が、雪降る静かな故郷から、東京にやってきました。
今は諸事情あって、名前を藤森といいますが、当時は附子山といいました。
人間嫌いか厭世家の捻くれ者になりそうな名字ですが、気にしません、気にしません。

「すいません。ご丁寧に、道案内までして頂いて」
これからの住まいとなるアパートへの、行き方がサッパリ分からぬ附子山。
たまたま近くに居た都民に助けを求めたところ、「なんなら一緒に行ってやる」との返答。
後に、附子山の親友となるこの都民、宇曽野は、ウソつきそうな名字ですが、とても良心的な男でした。

「地下鉄の乗り方は」
興味半分、退屈しのぎ四半分に、親切残り四半分で、ナビを引き受けた宇曽野。
「大丈夫か、それとも、説明した方が?」
宇曽野は婿入りの新婚さん。この日も愛する嫁のため、外回りの用事やら手続きやら、なんなら重い物の買い出しなど、しに行く最中でありました。

「ちかてつ……」
附子山の表情が、不安なバンビに曇ります。
「地下鉄は、迷路だの、迷宮だのと聞きました。私でも、乗れるものでしょうか」
ぷるぷる。あわあわ。バンビな附子山がはぐれて、迷わぬよう、宇曽野が手を引き、地下鉄の駅へ。
初めて無記名電子マネーカードを購入し、初めてカードにチャージして、初めてキャッシュレスで改札を通る附子山は、宇曽野には完全に興味の対象で、なにより嫁への土産話のネタでした。

「これが、都会の改札か……!」
購入したばかりの無記名カードを掲げ、キラリ好奇の瞳で、それを見上げ眺める附子山。
「便利だなぁ。私の故郷の鉄道に導入されるのは、何年後だろう」
この日見た光景が、駅のライトに照らしたカードの光沢が、今回のお題、「忘れたくても忘れられない」に相応しく、善良かつ美麗な記憶として……
残った、ワケではなく。
お題回収はその10分後。附子山が初めて乗った地下鉄車内で発生しました。

満員の車内で財布から目を離した附子山が、ほぼ当然の如くスリに遭いまして。

「おいお前。今スっただろう」
犯行現場をガッツリ見ていた宇曽野が、次の駅で降りようとする犯人の手をギリギリねじり上げ、
「ボケっとしてる田舎者から盗るのはラクだ、と思ったか?ぇえ?」
抵抗し暴れて、逆ギレで殴りかかってくるのも構わず、附子山の目の前で、盛大な窃盗犯確保と暴漢制圧を始めてしまったのです。

「あの、その辺に、してあげても、」
ポカポカポカ、ポコポコポコ。
一度は拘束から離れ、逃走をはかった窃盗犯。
警察か消防署員か、なんなら自衛隊員でもしているのか、まぁ実際は、どれでもないのですが、
それを疑うくらいの手慣れっぷりで、宇曽野はそいつに追いつき組み付き、ねじり倒し、ハイ確保。
バンビな附子山はバンビらしく、ただおよおよオロオロするばかり。

「都会は、悪いことをすると、こうなるのか……」
駅員が駆けつけ、警察が到着する頃には、窃盗犯はもうぐったり。
悪者をやっつけた宇曽野の達成感的笑顔と、悪事がバレてやっつけられた窃盗犯の満身創痍こそ、
今回のお題、「忘れたくても忘れられない」記憶として、なかなか強烈に、残ってしまったのでした。
おしまい、おしまい。

10/18/2023, 4:22:24 AM