【この場所で】
大人になった今でも私はこの場所にいる。
便利ではないが特段不便でもない。
通勤の道すがらたくましく生えている木々を見る。
私はこうして動いているが、彼らは動かない。
同じ場所で我々をずっと見守っているのだ。
よく飽きないなと私は思う。
私は隣県の大学も実家から通っていた。
社会人成り立ての頃は、地元を離れ一人暮らしを始めていた。
今は紆余曲折を経て、地元に近い街にいる。
だから人生のほとんどはこの場所である。
私は木々のように気長ではなく、この街には飽々している。
いつも通る通勤道路。
代わり映えのない買い物道。
便利ではない片田舎。
金を持っていない私では、この生活を変えることは困難である。
職を変え街を出れば良いが、この街にいる数少ない友人と家族を思うと後ろ髪を引かれる思いなのだ。
昔友だちとよく行った駄菓子屋も、親に連れ添われた裏通りのスーパーも、いつもコロッケをおまけしてくれた肉屋も。
今では全て失くなってしまった。
あの時働いていた人たちはどこに行ったのだろう。
建物は朽ちながらも面影も残し、私の思い出によって建物を支えているようにさえ感じる。
数えきれない人たちを幸せにしてきた街の光は確実に減っているのだ。
私が築いてきた思い出は消えないが、思い出が記憶だけになってしまうとき、私は寂しさを覚える。
あの木々たちもこんな寂しさを抱えているのだろうか。
飽々としたこの街を誰もが通りすぎ、誰もが生活している。
麦秋のように毎年この街は刈り取られていくが、次の生命を育むために必要な理であるのだ。
あの木々たちだけでも私が生きているうちは残っていてほしい。
私が生きてきた時間を見守っていてくれるから。
こうしてたくさんの時間を覚えている木々のことを、私は少し好きになった。
2/11/2024, 1:42:45 PM