ユリから虹の質問をされたので、ケンは祖父が若い頃に見た虹の感想を言った。
「爺さん、シェルター前の空にあった虹のこと、あんまり覚えていないってさ」
「どうして? クラウドに保存された写真画像の虹は綺麗だった」
「そう言われてもな、相手は物忘れの爺さんだ。周りの友達と一緒に虹を見て楽しかった記憶はあるらしい」
「本当に七色だったのか覚えていない?」
彼は首を振った。祖父から、七色だったかもしれないが、それよりも虹を見た感動で胸がいっぱいだったと聞いた。
「つまらない」
ユリは汚物を見下すような目をした。虹色に染めた髪を根本から引っ張っている。力任せにいくつか抜いてしまった。脂に包まれた黒い毛根が現れた。
「おい、やめろよ。禿げちまうぞ」
「はあ?」
「いや、だから、せっかく虹色に染めたんだろ。お前の髪が台無しになる」
彼女のこめかみに青い血管が浮かんでいる。目の焦点は合わないが、微かに潤んでいる。彼女は、ケンの言葉を聞いて髪の毛を抜く手を止めた。彼女の足元には、抜け落ちた髪が絡み合っている。
「この髪は、この髪はさ、もう台無しなんだよ。黒かった髪をキレイだねって触ってきて、頭を撫でてきて、掴まれて、押されてさー、散々カワイイとかイイ子とかキモチイイとか言ってきたくせに、最後には母さんには黙ってろよって脅して、ホントマジクソ気持ち悪い」
彼女はずっと髪を触っている。はねる赤い毛先、うねる青い髪の毛、色の抜け切った黄色い髪、切れ毛だらけの緑、枝毛しかないオレンジ、そして折れ曲がった紫の髪の毛。
ユリは俯いた。彼女の頬を囲む髪は、黒く変色していた。彼は、前髪で顔を隠す彼女をただ見つめるしかなかった。かける言葉が出てこなかった。
「だから、もっと台無しにさせてやった。黒なんてない、髪を虹色に染めちゃえば、あいつだってドン引きするだろうって。でもさ、虹を見ても覚えないんでしょ。ただ笑うだけでしょ、ゲラゲラと。それって何も変わっていないってことじゃないか」
ユリはだんだんと涙声になって、ついにはすすり泣き出した。どうにか、彼の中から希望を見出したかったのだろう。
ケンは、彼女に誤った答を出してしまい、自身に失望した。思わず、頭を抱えて掻きむしった。
あの時、祖父に問うた虹を、隣にいた祖母はにこやかに歌った。虹の向こうには夢が叶う場所があると歌っていた。そっちを言えば良かったと彼も泣きそうになった。
「俺はな、最初にお前の髪を見て衝撃を受けた。シェルターの向こう側にある虹は、その髪の毛みたいにサラサラとして綺麗なんだなって思わず夢見たさ。本当の虹を見たら、ずっと忘れない。そんな夢さえも見た」
ユリはまだ泣いている。彼はもう泣くなと言いたかったが、怒りか悲しみか、震えるくちびるでは何も言えなかった。
シェルターに映る夕陽の映像が、徐々に夜空の映像へと移行し始める。数多ある画素数の一つに、白い星がぱっと浮かんだ。
(250326 七色)
3/26/2025, 1:34:22 PM