えむ

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スカフィズム

アケメネス朝ペルシア(紀元前500年〜350年頃)で行われていたとされる処刑であり、帝政ローマのギリシア人著述家、プルタルコスの著書『アルタクセルクセスの生涯』にその記録が残る。

だが当時ペルシアではミルクや蜂蜜は高価なものとされており、技術的に罪人が溺死しない設計の船が作れるかも不明。
感染症のリスクからも現実的に不可能なのではと言われている。

『もうし"ない!もうしない"がら"!!』

涙ながらに手足をバタつかせながら男は泣き叫ぶ
涙と鼻水で汚れた顔は赤く腫れ上がりバタつかせる手足も同様

赤く痒く藻掻く

それでも掻き毟る事が許されないのは小舟が男の身体を挟んでいたからだ
大柄な男1人簡単に寝かせられる木製の小舟
縦に長く横幅は狭く
どんな身長であれ手足が露出出来る仕組み

懸命に助けを求める口を塞ぐようにミルクが流れ込む
長く柔らかな金髪に碧い瞳で優しく微笑む彼女
男が吐いても泣いても漏らしても
合計3Lのミルクと1000gの蜂蜜を体内に入れ
顔と手足に丁寧に蜂蜜入りのミルクを塗る
そして小舟を掴んで湖の中心に持っていく

多量の虷が泳ぐ湖は綺麗とは程遠い

だが彼女は気にせず入水して小舟を湖の中心に浮かべる
蜂と蚊と蝿がこれでもかと罪人に群がる
女性にも軽く集るが彼女は罪人のように叫ぶ事なく
臆せず蜂を指先に乗せてソッと罪人の顔に近付けた
まるで指示に従うように蜂は罪人の頬に付いて針を刺す

虫の羽音1つで泣き叫ぶ罪人
慰めの言葉1つかけずに彼女は湖の中心から離れていく
悲鳴を背後に優しく足を撫でてくっついてしまった虷を湖に逃がして
ゆっくり湖から上がり地に膝を付けて指を絡ませた

必死に動かそうとする足が獲物を追いかけて
必死に虫を振り払おうとする手が獲物を無理やり抑えて
必死に振る頭は獲物の事を何も考えずに自分の欲が満たされく事に恍惚とした表情を浮かべ

あぁ…勝手に獲物と捉えられて傷付けられた人はどんなに苦しんだだろうか

逃げる事も出来ずに
助けを求めても誰も助けてくれずに
尊厳を破壊されて目を覆いたくなる姿にされた

何人を手にかけた
何人を壊した
何人が罪人の為に苦しんだ

後悔が募っても懺悔を重ねても罰を与えても
恐怖も破壊も過去も傷も何も消えない

傷付けられた者を救えない

たかが罪人の刑罰一つで傷付けられた人が元の生活に戻れる事は無い

彼女の碧い瞳からはポロポロと涙が溢れた
一度壊れたものは二度と戻らない
同じ形にはなってくれない
死刑一つで全て無かった事にはならない

理解してる
理解してしまってる
だからこうして罪人が苦しみ泣き叫び助けを乞う様を目に焼き付ける

元の生活に戻れずとも自分を傷付けた奴は苦しんだと
残酷な処刑法と人間が語るやり方で死んだと
届かなくても死に近付く罪人を見ながら小さく声に出し続ける

「دلشان را نجات بده」
「بهشون آرامش بده」
「به آنها شادی بدهید」

救済を
安寧を
幸福を

傷付けられた人が前を向けるきっかけの一部に
いや、一部になろうなんて傲慢な事は言わない
傷付けられた人が少しでも
少しでも幸せだと思えるように
祈る事しか許されないのだ

処刑は罪人を更生するものでは無い
処刑は罪を無くすものでは無い
処刑は誰かを救える行為では無い
処刑は誰かを幸せに出来るものでは無い
処刑は罪人にただ死を与えるだけだ

だから彼女は誰も救えない
ただただ罪人の死に寄り添うだけ
彼女の行為が誰かの未来に繋がる事は無い
ただただ苦しみや死を与えるだけ

縋るように傷付けられた人達の未来がこれ以上傷付かない事を願う
泣きながら願う
罪人の阿鼻叫喚を聞きながら願う

それしか出来ない自分を呪いながら願う



お題:心の迷路
〜あとがき〜
迷路って簡単なものからとても難しいものまで沢山ありますよね
答え(ゴール)はあるはずなのにグルグルしちゃったりするような
心の迷路なんて尚のことだと思います
時にはゴールすらあるのかも分かりません
なんならゴールは1つじゃないのが心の迷路です

その中で

その場で蹲る人が居たり
懸命に走り回る人も居て
罪を犯してしまう人も居れば
巻き込まれてしまう人も居て
皆何処かで迷ってたんだと思います

この作品の登場人物である“スカフィズムさん”
通称“フィズママ”なんですが
彼女は彼女の行きたいゴールを見出してます
ですが行き着く事は出来ません
行きたいゴールは明確でも
行きたいゴールは塞がってるんです
遣る瀬無いですね

11/12/2025, 4:42:43 PM