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『春爛漫、散りゆく約束』
春が、あまりにも綺麗だったから。
僕は、あの日のことを思い出さずにはいられなかった。
桜が舞う道の向こう、いつものベンチに座っているのは あまね。
白いワンピースに、風がそっと触れるたび、まるで花びらみたいに儚い。
「かいと、おそい。」
ふわりと微笑む彼女の声は、今でも耳に焼き付いている。
僕はその日、遅刻したことを何度も謝りながら、ポケットの中の小さな箱を握りしめていた。
指輪なんて、あまねには似合わないかもしれない。
それでも、春が終わる前に伝えたかった。
「来年も、その次も、ずっと一緒に桜を見よう」
あまねは小さく首を振った。
「かいと、私、もう来年は見れないよ。」
僕は笑って、「また冗談言って」と言いかけたけど
あまねの瞳が、春の陽射しよりずっと静かで、冷たくて
胸の奥がすっと冷えていくのがわかった。
病院のベッドの上で、「最後に見たいものは?」と聞かれて
あまねは迷わず「桜」と答えた。
春爛漫。
花が咲き誇るほど、彼女の命は音を立てて散っていった。
告白の言葉は、間に合わなかった。
あまねが最後に見た桜の色は、僕の涙で滲んでいた。
今、あの日と同じ桜並木の下で
僕は一人、空に向かって小さく呟く。
「来年も、その次も、桜が咲くたび、僕は君を思い出す。」
あまねの好きだった、春爛漫の空は
今日も、何事もなかったように優しい。
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3/27/2025, 10:03:46 AM