かたいなか

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「呪縛、……じゅばく、ねぇ」
「逃れられない」と聞いて、真っ先に浮かぶのなんて「にげられない!」系のイベントバトルとかじゃね?
ポテチとチョコを口に放りながら、某所在住物書きはスマホの通知画面を、そこに示された題目を見た。
「本能も、『逃げられない』っちゃ逃げられないか。あと『いいね』の数とかガチャの収集欲求?」
あと花粉症?アレも逃げられたら幸せよな?
物書きははたと気付き、己の部屋にあるマスクとティッシュの箱を見て――

――――――

私達の職場は、限りなくブラックに近いグレー企業なんだけど、「ブラックに近い」と言い得る確固たる理由が「目標ポイント」だ。
年度最初に、細長い紙っぺらが渡される。自分の名前と3〜4桁の数字が書かれてる。
その数字は、自分が客に今年度売るべき「商品」。
これをこの金額で売れば何ポイント、それをその金額で契約すれば何ポイント。
年度内にポイント分売り切れば優秀。次の年度まで、この、「目標ポイント」の仕事からは開放される。
「『目標』ポイント」だ。名目上、別に達成できなくたって、これが「目標」の筈だ。

私の職場の正社員の半数はこのポイントを集めきれずに上司から呼び出され、アレコレ言われ、精神的に追い詰められて、サイレントで給料に響いて。
辞めるなり、自腹で商品を買うなりする。

職場の言い分はスマートだ。「我々は自腹は強要していません」、「彼が、彼女が、自分から『これを買います』と言ったのです」。
それが1年、1年、また1年。この職場に居る限り、ずっとずっと続いていく。
これこそいわゆる、逃れられない呪縛だと思う。
お客様の中に呪縛解除専門家はいらっしゃいませんか(切実)
なんなら除霊師(労基)とか祈祷師(法律)とかいらっしゃいませんか(わりと切実)

「諦めろ。ここで働く限り、状況は変わらない」
昼休憩、テーブル挟んで向かい側でスープジャーを突っついてる先輩が、文字通りの諦め顔で言った。
「ノルマの強要、パワハラ、自爆、借金。今まで何度この手の問題が取り上げられてきたと思ってる。そのたび上は『コンプラを徹底して参ります』だ。それだけ。それで終わりさ」
嫌なら今のうちに職を変えろ。お前の年齢と力量なら、確実にまだ間に合うし、他で上を目指せる。
応援はする。アドバイスもできると思う。先輩はそう付け足して、またスープジャーを突っついた。

「先輩だって、」
「ん?」
「私と、あんまり歳変わらないじゃん。次探さないの?先輩だって絶対他に良い職場あるよ?」
「……おまえ私を何歳と勘違いしてる?」
「タメ。同い年」

「おないどし、」
「え、」
「そういえば、宇曽野のやつも、たしか私を」
「え?」

年齢不相応も、いわば逃れられない呪縛か?
しょんぼりでも、嬉しいでもなく、なんか単純に軽い衝撃を食らっただけっぽい、ノーマルなポカン顔で、先輩が俯いて、スープジャーをつんつん。
「さすがに年下ではないでしょ?」
先輩の顔を覗き込みながら確認すると、当の先輩は唇をゆるく結んで、数度まばたきして、
「どうおもう?」
少し興味本位に、でも乾いたように、笑ってみせた。

5/24/2023, 1:30:08 AM