湯船遊作

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春爛漫

目覚めると朝で、ゴミ捨て場だった。
私を避けるようにゴミ袋があって、起き上がると大の字ができていた。
粗大ゴミ置き場に保冷バッグが横たわっている。
どうしてここに?
身体中からアルコール臭がする。それと、燃やす予定のゴミの臭いも。
こめかみを押さえながら、昨日を思い出す。

眠い。
瞼を擦って左腕を見る。短針は午前7時を指していた。花見まではまだ2時間もある。それまでの間、肌寒さに身体を震わせながら、花弁の小雨を眺めなければならない。
私は花見の席取りを任された、5時起き6時到着のブルーシートマンだった。
まったく。
日曜日なのに出社するよりエネルギーを使った。こういうのは新入社員の仕事と、暗黙の了解かあったはずのなのだが。
しかし、仕方がない。昨日の夜。急にその暗黙の了解に従う後進達が不憫になって、「家から近い」と口走ってしまったのは私だからだ。
しかし。いやしかし、やはり許せん。それはそうとして、許せん。
だから私はカパッっと音を立てた。この音を聞くだけで今が夜な気がする。麦芽の匂いがして、飲み口に桜がついた。
「おっとっと」
沸き立つ泡に一人芝居して、喉に通した。
「その味がわかるようになったら大人だよ」
学生時代の、にへらにへらしていたミステリアスなショートカットを思い出した。
「ええ! じゃあ僕、子供ってことですか」
「そうだよ、僕」
「……いまから私にします」
「似合わないぞ、僕」
「それじゃどうすればいいんですか! 」
「どうもしなくていいよ、僕」
先輩はまたにへらにへら笑って、そうして卒業していった。
「僕は辞めちゃったの? 私」
なんでそう言ってくれなかったんですか。私は僕の方が良かったって、貴方は思っていたでしょうに。そう言ってくれれば、私はまた僕に戻ったのに。
お陰で私は、あれからずっと私ですよ。
ブルーシートの右端が折れていた。それを正そうと思った。
保冷バッグを持つ。と、重い。当たりを見回して、知り合いはいない。
秘密の扉を開けるみたいにそっとバッグを開けて、350mlを取り出した。
1本分軽い。よし。ブルーシートを正すと、随分軽くなった気がするバッグをその上に置いた。
また、パカッっと音をさせた。

……その後は確か、一番最初に来た新人が空き缶を片付けてくれて、私は空を見ていた。あとはもう上を見たり下を見たりしながら、夜になった。
左腕を見る。朝6時で、今日は月曜日だ。
酒臭い欠伸をシャツの袖で隠す。
するとボタンの横にサクラの花びらがついていて、こりゃ豪華だなって、僕は笑った。

4/10/2024, 11:41:50 AM