「一体この世界にはどれだけの価値があるだろうね」
彼は鉄柵の向こう側に立って、此方側に踏みとどまったままの僕に問いかけた。
「此処は、生きているだけで地獄だ。誰にだって容赦なく襲い来る苦痛や絶望。平等なんてあったものじゃない。不平等が彼方此方に蔓延っていて、皆それに気づきはするものの見て見ぬふりを決め込む。必要なものは貰えないのに、欲しくないものは無限に与えられ、その重みで窒息寸前。なけなしの希望を抱いて浅い呼吸をする。水面から顔面だけ出して辛うじて息継ぎするような毎日」
そう言って自虐的な笑いをこぼす。彼の顔は半分以上が暗闇に溶け込んでしまっていて、もうはっきりとは見えなかった。
彼は僕に冷たい声で問うた。
「ねぇ、君は此処に価値があると思うかい?このどうしようもない境遇に抗ってまで、生きる価値があると思うかい?」
僕は答えられなかった。彼を救うための最適解を、見つけられなかった。僕は、無力だった。押し黙ったままの僕に彼は背を向ける。
「この世界に価値を感じたのは、君と出会えたことくらいだったよ」
ありがとう、そう呟いた後、彼は奈落へと身体を沈めた。
暗闇の底で、命が弾ける音がした。
1/15/2024, 1:22:56 PM