にや

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「これまでに揚がっている仏は6体。」

検視官の鳶田は喉の奥をぐぅと唸らせた。こんな事件、検視官になってから10年見たことない。生きてきて44年で一番不可解な事案かもしれない。

発端は工場地帯裏の海辺で水死体が見つかったことだった。なんてことはない、単なる自殺だろうと片付けられたのだが、そこからわずか10日の間に同じ場所で5人の人間が変わり果てた姿で発見されたのだ。

「いずれも年代、性別ともに見事にバラバラですね。」

鑑識官の守山が資料をパラパラと捲りながら応える。不気味で不可思議なこの事件に誰もが二の足を踏んでいたところ、あてがわれたのがこの男だった。32歳と若いながらに鑑識官となり、有望株だと言われている。

守山の資料を元に、ホワイトボードに書き出していく。

・50代 男性 会社員
・20代 男性 コンビニ店員
・10代 女性 高校生
・30代 女性 主婦
・40代 男性 無職
・10代 女性 芸能人

「いずれも外傷などはなく、当日もいつも通り生活していたと。」

守山が首を傾げながら資料を読み上げる。

「つっても、自殺にしても動機がないんだよな。」
「そうですね…ただ、トラブルって程ではないんですが、最初の会社員男性以外はちょっと対人関係に問題があったみたいです。」
「それは男女の惚れた腫れただの過ぎた友情とかのレベルだろ。まあコンビニ店員は粘着されてたみたいだが。でも全員相手は…」
「行方不明、もしくはすでに故人。ですね。」

守山が噛みしめるように答えた。そう、ほぼ全員がストーカーのレベルではないものの、誰かに執着されて困っていたと報告が上がっている。しかし、その全ての相手が事件より遥か前に亡くなっているか、失踪しているのだ。

嫌な沈黙が会議室の空気を埋める。

「…非現実な、非科学的なことで、今回の事とは関係ないかもしれないんですが…」

重苦しい空気を破ったのは、なんとも歯切れの悪い守山だった。

「最近SNSを中心に『海神様』というのが流行ってまして、願いを海神様が聞いてくれるとか。」
「つまり、海神様に呪われたとか言いたいのか?」
「……。」

守山はうつむき黙り込む。バカにされたと思ったのだろう。そして本人もあり得ないと思っているのか。しかし、そんな空想染みた話にも飛び付きたくなるほど、今回の事案は難解だ。しかし…

「バカにはしてねぇよ。むしろ実際にあるんだ。科学では証明できねぇ事件ってのが。」

鳶田の言葉に守山が勢いよく顔を上げる。

「鳶田さん、それって…」

コンコン

守山が椅子から立ち上がりかけた時、会議室の扉が控えめに叩かれた。

「どうぞ。」

鳶田が促すと、若い女性警察官がおずおずと入ってきた。

「あの、外部の方にこれを渡して欲しいと言われまして…」

差し出されたのは簡単に折り畳まれたメモ用紙だった。受付もとっくに終わり、夜の帳が降りはじめた非常識な時間帯に誰がこんなものを。

「誰にだ?」
「目黒探偵事務所と伺ってます。」

ヒュ

思わず息を飲んだ。なんてタイミングだ。

問題ないから下がって良いと伝え、扉が完全に閉まるのを見届けてから口を開いた。

「守山、今日まだ残れるか?」
「え、あ、はい。大丈夫です。」
「さっきの探偵事務所だよ。科学では証明できない事件を解決してくれんのは。」

手渡されたメモを、守山にも見えるように開く。

“海神様を知りたくありませんか?”


「これは…」

ごくり

守山の唾を飲み込む音がやけに大きく耳についた。

「特別な夜に、なりそうだな。」

1/22/2024, 2:10:54 AM