未完の花

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小康状態と言ったらいいのか、自分の身体の事なのに、身体の中で何がどう行われているのかサッパリ分からない。

自分がどうなっているんだろう…、どんな状態なのか知りたい…。10日以上前に主治医の判断で皮膚科へいったら、「即入院して欲しい状態」と言われたが。
この、『知りたい』と思う気持ちが、焦りになっしまう事がある、という事がよく分かった。



あれから抗生物質は飲んでない。なのに、喉がイガイガして水を飲むとむせる。血のような味というか、そういうものも感じた。口角が切れて笑うことができないのに、自分の状態に笑ってしまう。口の中が腫れて頬に違和感がまだある。発疹が消えてない。紫斑も増えてはないが消えてない。

悪くもなく、良くもなく。ハタと、止まってるような気がする。

神様は奇跡など起こさない。わたしが、はいかいいえを選んでいるだけだ。医療行為は受けますか、それは「いいえ」。今の状態が本当のわたしです、それは「はい」。

自分の身体の中がどういう状態なのか、分からないけれど、何も失ってはいない。今日から少しずつ畑の草取りをする事になっている。

時々強ばった肌がピリッとする。肝臓がチクリと痛む。何かが反応しているのかなと思う。何かを始めようと思うのは、身体の中でも、何かを始めようとしている、同じ事なのかもしれない。

倦怠感はなく、発熱は一時あったけど平熱に戻った。

自分に驚くのは、今まで他人に、知っている人であっても大きく手を振って自分から声をかけるなど、そんな事をする性格ではなかったのに、声をかけずにはいられなくなった。人として、そんな事は当然出来ているはずのことが、わたしは今まで出来ていなかっんだと気づいた。

どういう状態になろうとも、これが本来のわたしなんだと思う。神様と賭けをしてはならない、命は元々神様のもの。
「はい」「いいえ」だけを許されている。その他のものは、全て、悪から発生するんだと知った。


動物性のものを一切食べてない。驚くことでも何でもない当たり前の事だった。2000年前にもう既に動物の悲しみは必要なし、と神様に言われていたのに、人間はその味を忘れられず他人の手を汚してまで動物を食べて、自分達の生活の為に利用して来た、ということを教えられた時に、ピンと来た。

ただのヴィーガン食であってはいけない、と教えてもらった時に、そこに神様の意図を知らなければ、ただの自分の健康のためになってしまう、ともすぐ分かった。そこに今のわたしのピントがピタリと合っただけの事だった。何も特別などない。サラサラと血が流れて、心地好さ感じてる、そのことは体験してみないと分からない。

みんな、自分が何者なか知りたいんだと思う。知りたい究極が信仰なんだと思う。信仰者は貪欲だと思う。それが一歩間違えれば悪魔にでもなれる。自分の知りたいという気持ちを利用されて、いつの間にか悪魔に加担しているっていう姿はニュースでもよく見るし、実際に仲間で、誰からも孤立してしまった人を何人も見て知っている。そういう人は、神様というよりも、自分だけで考え過ぎてそうなってしまっていた。

身体が弱っている時、気持ちがイラつく時は気を付けなければいけない。そういう時こそ、キリキリと自分の思考を切り詰めたくなるから危険なんだ。

そんなに難しい事ではなく、自分の中で、サラサラと血が流れていれば、その心地好い方へ心を向けているだけでいい。実際に少しずつ、わたしの周りが変わってきてる。食べ物を変えるだけ。神様の名の元に、徹底的に一切、魚肉類のものを摂らない。加工品添加物酒砂糖を摂らない。わたしがやった事は、ただこれだけ。今後は使っている物もよく調べて、シルクの靴下を好んで履いていたけれどこれも止める。




ここの畑に何を植えようか、その事を思うだけで涙が出る。これからは育てる側になれるんだ。自分の身体も今の状態も引き受けた以上、わたしは『生き切る』。


3/23/2026, 6:53:51 PM