天津

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不条理

見渡す限りの白い空間に私は居た。距離による色彩の変化もないようで、奥行きの見当もつかず、床も天井も真っ白で、何も見えないに等しかった。
一体ここはどこだろう。
「ここはいわゆるあの世です。あなたは建設資材の下敷きになって死にました」
唐突に言葉が脳に流れ込んできた。声が脳内に響く、といった感じでもなく、一方的に情報を理解させられた感覚だった。
「あなたは来世も人間であることが確定しています。ですのでこれから、来世のステータス振り分けを行っていただきます」
ステータス振り分け?なんだかゲームじみているな。
「同じように捉えていただいて構いません。あなたには、生前に積んだ徳に応じたポイントが加算されています。それを、これから意識へ送り込むステータスマップ上に配分してください」
徳というのは、どういう基準で付与されるのだ?
「徳は、世の中にもたらした正の影響から世の中にもたらした負の影響を引いたものを得点化し、死亡時に付与します。正の影響とはたとえば人命救出や技術革新、芸術によるカタルシスの演出などで、負の影響とはたとえば殺人、欺瞞、誹謗中傷などが相当します」
なるほど。私は他人に親切に生きてきたつもりだが、ちょっとした気遣いなども評価の対象になるのだろうか。
「どのような評価となるかは結果によります。全て純粋に結果によってのみ評価します。ありがた迷惑という概念も存在するように、過程の価値は低いものです」
つまりは、余裕のない貧乏人が老人に席を譲るようなことの数千倍くらい、金持ちによる慈善団体への寄付は評価されるのだろうな。
「そういうことになりますね」
意識に何か流れ込んでくるのを感じて、それは無数のノードを線で繋いだ網目状に広がっているようだった。私はそれがステータスマップであること、どこがどのようなステータスに対応しているのかということを瞬時に理解した。それから、所持している徳のポイント量も、それが大したステータス変動にならないことも、把握できた。
持てるものは更に多くのものを得るし、持たざる者は持たざるまま。なんという不条理なシステムなのだろう。しかし、勝手にこの世に生み落とされて、おまけに死ななければならない時点で不条理なのだから、今更ではあるか。
私は適当にステータスを振り切って、遠い目をした。焦点は永遠に結ばれず、虚空をさまよった。

2023/03/19

3/19/2023, 9:59:39 AM