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定年して間もなく夫は重度の肝硬変が悪化し、肺に水が溜まるようになっていた。

夫はお酒を呑まない。「気の毒だが遺伝的なものだろう」と主治医は言っていた。

11月金沢に旅行に行く計画を立てていた矢先に、肝性脳症により意識が混濁、全身浮腫が強くなり入院となった。

身体を拭いてあげている時に、夫の睾丸が子どもの頭くらいに腫れており驚く。痛みは感じていないのか「悪いな」とだけ黄色みを帯びた顔で言った。

「金沢の美味しいお寿司食べたかったね。秋の兼六園も…」

「…ああ」

夫の眼は虚ろのまま宙を彷徨う。

抜き切ることの出来ない水が肺に溜まり末期の症状を迎える。酸素吸入は毎分6リットルを超えた。

主治医にはこれ以上の治療は必要無いことは事前に伝えてあり、とにかく楽にしてあげてほしいと伝えていた。

夫は無意識に酸素マスクを外そうとしてしまう為、手にはマグネットの拘束具を装着された。

麻薬性鎮痛薬を点滴によりゆっくりと流し入れる。

一瞬はっきりとした眼差しで「これは外せないのか」腕を見て言った。

私は出来るだけ冷静に「疲れたでしょ。ゆっくり眠って。眠ったら外してあげる」

「…そうか…」

夫は悟ったように、その後穏やかに眠り始めた。

私は、二度と握り返される事の無い手を握り続けた。

題:秋恋

9/22/2024, 3:44:11 AM