夜の祝福あれ

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雨とコーヒーと北の道

夜明け前の東京駅。人影はまばらで、空気はまだ眠っているようだった。
佐伯遥は、重たいキャリーケースを引きずりながら、静かにホームへと向かった。
彼女の旅は、今日で三日目。目的地は決まっていない。ただ、何かを探している。何かを置いてきた気がして、それを取り戻すために、彼女は旅を続けていた。

最初の夜は仙台。次は盛岡。そして今日は青森へ向かう。
「どうして北へ?」と駅員に聞かれたとき、遥は笑って答えた。
「風がそっちに吹いてる気がして。」

青森の駅に着いた頃には、空は灰色に染まり、冷たい雨が降っていた。
傘を持たずに歩き出した遥は、濡れることを気にしなかった。むしろ、雨に打たれることで、心の中の何かが洗い流されるような気がした。

小さな喫茶店に入ると、店主の老婦人が声をかけてきた。
「旅の途中かい?」
遥はうなずいた。
「何を探してるの?」
「わかりません。ただ、止まれないんです。」

老婦人は微笑みながら、温かいコーヒーを差し出した。
「探してるものは、きっと旅の終わりじゃなくて、旅の途中にあるのよ。」

その言葉が、遥の胸に静かに染み込んだ。

翌朝、遥はさらに北へ向かった。
目的地はない。けれど、歩みは止まらない。
誰かに会うかもしれない。何かを思い出すかもしれない。
それでも、旅は続く。

そして、遥は知っていた。
この旅が終わるとき、彼女はきっと、少しだけ強くなっているだろう。

お題♯旅は続く

9/30/2025, 2:41:19 PM