白く血の気の無い腕が、たらりと台から垂れ落ちる。
試しに手を握ってみせても、その手に握り返される事は無い。
白い布で顔まで覆われてしまったその身体は温もりがないままで、触れてみてもソレがあの子だと私は認識することが出来なかった。
人形みたいだ。
顔さえ隠してしまえば人なんて全部同じに見える。
目の前のコレが彼女だと証明するものはひとつもない。
ただ、姿と形がよく似た動かぬモノだと。
あの子はコレとは別にいて、出来のいいレプリカを私は見ているのだと信じたかった。
テトラポットに打ち付ける波が、勢いを殺され飛沫になって飛散する。
昼間の熱を逃がしきれぬコンクリートが、熱帯夜を助長している。
日が落ちてもなお蒸し暑く、纏わり着くような熱気は消えない。
堤防の縁に腰掛け、海を見下ろす。
昼間の陽気な雰囲気など残さず、夜の海はどこまでも深く闇が続くようで、絶望によく似ていた。
生きていた頃のあの子みたいだった。
明るく陽気なあの子がくれる優しさに私はただ溺れるだけだった。
ほんとうは日が沈めば底の見え無くなるような、こんな海のような暗い絶望を、彼女が持っていたことを知っていたのに。
あまりにも私には抱えきれぬものだと、助けを求めぬ彼女に甘えて私はいつも通り生きていた。
甘えはやがて悪夢を産んで、彼女は自ら海へと還ってしまった。
あぁ、馬鹿な私を許して欲しい。
いや、許さなくても構わない。構わないから、あなたに会わせて欲しい。
どうだろう、このまま海に飛び込めば、私もあなたと混ざって跡形もなくなって、海になれるだろうか。
馬鹿な考えばかりが頭を巡る。
遺した手紙通りに、灰になって海に溶けたあなたに私はどうすれば会えるだろう。
あなたにもう一度会うには何処へ行けばいいのだろう。
テトラポットに一際大きな波が打ち付けて、飛沫が私に降り注ぐ。
飛び込む勇気は無いから、
いっその事、波で私を攫って欲しい。
溺れて底まで沈んで溶けてしまえば、あなたに会える気がする。
闇のように深い夜の海へ、私はあなたに会いたいのだと願うことしか出来ない。
―――会いたい
お題【海へ】
8/23/2024, 4:25:04 PM