すず

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火。
それは全てを欲さんとする物。木を呑み。命を呑み。粒を呑み。何れは全てを消す。
さらに言えば、幾重にも及ぶ人類史の最も偉大なる父親的な存在でもある。

平。
それは全てを許容する者。上司の怒りを飲み。同僚の嘆きを飲み。最近ボケてきた親への不安をも飲み込む。
さらに言えば、ここ数年で稀に見る程の社畜であった。

そんな相見えることすらない彼らが今!
なんの運命のイタズラか邂逅を果たしたのだ!

「なんだぁあれ」
無意識のうちに声が出る。
目を向けるは乱雑に放置されているゴミ袋の山。しゃがみ込むと、少々鼻を捻りたくなる匂いと共に感じるカラスなどに荒らされた形跡のある袋達を気に留めることもなく掻き分ける。

そして見つけた。

中央が赤褐色に光る汚れひとつ無い白い玉。何処か幻想的で異様な光景に恍惚としてしまった、と言うより童子の様な探究心を思い出してしまう。
なぜこれを超自然的に見てしまうのか、こんなにも目を惹かれてしまうのか自分の事ですら推し量れるものでは無かった。
その玉は異様に暖かくそして全てを捧げてしまうような狂信的な雰囲気を醸し出しす。
思わず手に取ってしまうが特にこれといった出来事は無い。ただどんよりと仕事疲れを起こした目と手首には酷く暖かいもののように感じてしまう。
私は周囲を一瞥し、瞬時にカバンに押し込む。
考えるよりも体が動く。理屈は無い、ただそれを愛おしくそれでいて偉大だと察した、ただそれだけ。
大きさとしては、野球ボールほどの大きさの為、すんなりと入り込んだ。

私は目的地であったビジネスホテルへと向かわずに、スマホを開いき、ポチポチっと慣れた手つきで配車アプリで予約を取る。
運のいい事に5分も待てば配送に来た。
ここから数十分もの間、車に揺られることになる。
本来ならば億劫で息が詰まるようなこの移動時間が今は、映画本編が始まるコマーシャルに似ていると思い付き顔がニヤついてしまう。長いような短いような。期待と妄想が止まらず、早めにポップコーに口をつけるあの感覚。
「あぁ楽しみだな」
カバンを抱きしめ、少しでもあの熱を肌で感知するために、長くこの時間が続くようにと懇願するように顔面に押し付ける。

数時間あるいは数十分の出来事。
タクシーに運賃を支払い自宅に帰宅した私は急いでキッチンへと向かう。
チッチッチと刻む音が響き焜炉に火がついた。スイッチは既に最大の方向にし、躊躇わずカバンを放り込んだ。
お高いカバンを認めた事が原因だろうか、思うように火は飛びつかない。ちびちびと引火していってはいるが、それでは本領発揮とは行かないだろう
「火力が足りない」
思わず落胆の声を上げてしまうが、ここで挫けていられない。

急いで押し入れのなかを漁り目当てのものを見つけた
銀色に輝くそれは、いつかキャンピングなどで役に立つだろうと買っておいたが結局は肥やしとなっていたガスバーナー君である。
一般的にガスコンロの温度は1900度と言われている。もしこのまま燃えていくとしてもそれは、灰になるだけだ。しかしそれでは足りない。熱情も熱気も狂気も。
「このガスバーナーは特別製でね」
使用すると、ガスが抜けていくと共にものすごい熱気を感じた。
「2500度有ればどうかな?」
徐にカバンと家に引火させる。
築40年のボロアパートだ。老朽化も進んでいるしさぞ派手に燃えてくれると確信した故の行動だ。
十分煙が部屋を満たしたと判断し、外へと移動する。
そこからは早かった。乾燥した時期だった為か、いきよいよく燃えたぎるその様は圧巻の一言に尽きるだろう。
周りが騒がしくなった頃それは起きた。

ひと目でわかる程崩壊したボロアパートの瓦礫から白い玉が浮び上がる。それは以前より増して大きく概算すれば大人一人がすっぽり入ってしまうほどの大きさになっていた。

周囲に喧騒はより激しくなる。スマホを取り出すもの。知人と話し合うもの。少しでも拝もうと背伸びするもの。千差万別だった民衆はの目線は一気に集中した。
「産まれるぞ」
玉に亀裂が入る。初めは目を細めても気づけないほどの割れ目は次第に大きくなり遂には弾けた。
「おぉ!」
さっき迄とはうってかわり周りが包んだのは熱気と静寂であった。スマホで録画していたもの。知人と話していたもの。少しでもその御身を視界の端に捕えてしまえば、既に虜だ。
爛れた赤い皮膚はマグマを想起させ、6本の対になる赤黒い大きな翼はまるで脈打つように蠢いていた。その優美で高尚な産まれたばかりの赤ん坊は今産声をあげる。

人類では到底観測できない事柄。聞こえてるはずなのにその声色はどう足掻いても表現出来るものでは無い。化学を用いて、文学を用いて、ましてや紛い物の神ですらその声は言い表せられない物だろう。
パチパチパチと肉を叩く音。気づけば周りの人々からは拍手が巻き起こっていた。と言っても賞賛なんて烏滸がましい真似ではもちろんない。直感する。これは熱望だ。出てしまう熱く煮えたぎる衝動だ。赤ん坊の泣き声と同じく、どうこうできる代物ではなかった。皆一様に手を叩く。狂信的に、冒涜的に、誠実に、壮絶に、法悦し、陶酔し、魅了し、熱が包み込む。

炎が立つ。
全てを呑み込む。父の誕生だ。




4/13/2025, 10:54:22 PM