ハイル

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【秋恋】

 ほぼ定時で退勤したというのに、外に広がる夕日は既に沈もうとしていた。
 最近、日が沈むのが早くなってはいないだろうか。私の気のせいなのだろうか。
 この『気のせい』を繰り返していると、いつの間にか冬を迎え、さらに繰り返すと秋になる。人間の時間の進み方は、気にしていなければいつの間にか人生が終わっているんじゃないかと思えるほどに早かった。実際、私は気づけば還暦を迎えようとしていた。
 私は帰宅ラッシュの電車に揺られて自宅を目指す。吊革に掴まり自分のスペースを確保するが、周囲の人々ともみくちゃになって息苦しい。じめっとした空気が電車内に漂っているのも不快だ。
 何故行き帰りの電車でこんな苦行をしなければならないのだ、と辟易した。これは老体に堪える。
 帰宅すると、疲れた体を一旦ソファに沈める。長年連れ添った革張りのソファは、ぎしぃと音を立てて私を包み込んだ。
 そのままの体勢でオープンキッチンの方を振り向くと、

『ご飯、できてるよ』

 と声が聞こえたような気がした。
 これは気のせいだ。彼女はもういない。
 二人の子どもは数年前に自立して家を出て行った。
 家には私ただ一人。
 この『気のせい』ももう何度目かわからない。四季折々の食材を用いて彼女が話しかけてくれるので、そこから「ああ、あの日のことか」と過去を思い返せるのは幸せだった。
 リビングの隅に置いた仏間に目をやる。
 
 『気のせい』を感じる季節になると、いつも君のことが恋しくなるよ。

 私は心の中で、彼女にそう話しかけた。

9/21/2023, 5:08:26 PM