すゞめ

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『冬支度』

 群をなして目の前を歩く女子高校生たちは、寒い寒いと悲鳴をあげていた。

 胸元を大きく開いて、丈を短くするためにウエストを折り込む。
 プリーツの乱れた短いスカートから伸びた生足に、鳥肌でも立てているのだろうか。

 見ているこちらのほうが寒くなった。

 それとなく群れから目を逸らして、彼女に目を配る。
 俺の隣を歩く彼女も俺と同じ心境なのか、ブルブルと震えながら腕をさすった。
 フリースジャケットのファスナーを締め、フードを被り、ジャケットの袖を引き伸ばして指先を温めている。
 下もフリースのスウェットを履いて完全防備だ。

「寒……」

 誰に聞かせるわけでもなく、ぶつける当てもない感情を吐露する。
 赤くなった鼻っ柱をすんすんさせながら、身を縮こませた。

 うん。
 かわいい。

 女性としての基礎点が天元突破しているせいだろうか。
 ボーイッシュでラフな格好をしていてもマジで天使。

「そろそろマフラーとか、ダウンとか出しましょうか」
「賛成ー」

 こくこくと小刻みに彼女はうなずいた。
 本格的に冬支度を進める前に、俺は彼女に釘を刺しておく。

「あ。今年は軍手、買ったらだめですからね?」
「え、なんで?」

 寒気のせいで少し潤んだ瑠璃色の瞳が、不思議そうに俺を見つめる。
 去年、軍手を買わせないために手袋を新調したのだ。

「普段使い用の黒い手袋。買ったじゃないですか」
「あれ。そうだっけ……?」

 記憶から抜け落ちてしまったのだろうか。
 思い出せないで眉を寄せているいる彼女に、笑みが溢れた。

「忘れちゃいました?」
「ごめん」

 覚えていないという後ろめたさから、彼女はしょんもりと肩を落として謝ってきた。

「いえ。あなたが謝る必要はどこにもありませんよ」

 彼女が忘れてしまうほど、たくさんのデートを重ねてきた証拠である。
 喜びこそすれ、落胆する理由などあるはずがなかった。

「それに、あなたの身の回りのお世話をかって出たのは俺です」
「そういやそんなこと言ってたような?」

 記憶でも辿っているのか、彼女は腕を組んで考え込む。

「…………いや。待て待て? そんな言い方だったか?」

 いぶかしんだ彼女のその言葉には笑ってごまかしておいた。
 俺の反応よりも、彼女は自分の記憶のすり合わせに忙しくしている。

「でもダメだ。自分で買わないとなに持ってるかわかんなくなっちゃうな」
「問題ありませんよ」

 そもそも、彼女の手袋に関しては俺が管理すると言ったのだ。
 彼女が覚えていられないなら、俺が覚えておけばいい。

「下着からストッキングまで、あなたの洋服と小物類の管理は任せてください♡」
「一気に任せたくなくなったが?」

 おや? なんでだ?
 すっごく嫌そうな顔してる。

 でも、鼻っ柱を真っ赤にしながら不貞腐れている姿もかわいい。

 携帯電話のカメラを彼女に向けて、シャッター音を鳴らした。
 音に気がついた彼女が視線をこちらに向けてくれる。

「あ。ちょっと」

 カメラ目線なんて貴重な機会を、俺は心ゆくまで堪能した。

「無言でカメラ向けるのやめてってば」
「かわいいから大丈夫です」
「そういう問題じゃないっ」

 すっかり「写真を撮るな」と言わなくなったあたり、時の流れを感じる。
 携帯電話の容量がいくらあっても足りなかった。

「そんなことより、帰ったらファンヒーターと羽毛布団も出しましょうか?」
「出す!」

 間髪入れずにうなずいて、彼女はキラキラと表情を輝かせた。

 かわっ……!?
 いや、知ってた!

 華やいだ笑みに、心臓がドコドコと様子のおかしい音を立て始める。
 サプライズでカイロを買って渡したら、どんな顔をしてれるんだろうか。
 無垢すぎる光に耐えられず、俺の心臓が爆発してしまうかもしれない。

 ウキウキと足を弾ませる彼女をカメラに収め続ける。
 ほかほかと俺の幸福度も温まっていった。

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いつもありがとうございます。
読まなくても大丈夫ですが、2025年10月22日のお題『秋風』と少し関連づけております。

ご興味ありましたら、目を通していただけるとうれしいです。
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11/7/2025, 6:43:41 AM