──知らないことがあってもいいからさ。
「……ん?」
玄関のドアを開けた途端、嗅ぎ慣れない香りを感じた。この香りはなんだったか。小さい頃、何度か家で嗅いだことがあるような。
箒を靴箱に立てかけて、首を傾げながらリビングの方へ足を進めると、懐かしい香りが強まる。
「ただいまぁ」
「ああ、遅かったな」
本を目を落としていた同居人が顔を上げた。机には湯気を立てる見慣れないデザインのカップ。これが匂いの発生元だろうか。
「そろそろ北で大量発生の時期なんだよ」
「もうそんな季節か」
たいていの魔獣の発生は予測が難しいが、一部の種は発生時期や条件が解明されている。まあ、いくら時期がわかったって対策に人手と時間が必要なことに変わりはないけど。
書類が詰まった鞄を置いて、椅子に腰を下ろす。前に座る相手が本を閉じてカップを手に取った。
「何飲んでんだ?」
「紅茶だ。先日、姉が旅行の土産だと言って菓子と一緒に渡しに来た」
「ん、でもお前、普段コーヒーだよな?」
「実家だと紅茶の方がよく出た。父が好んでいたからだろうな」
「ふーん」
紅茶についてはよくわかんねえけど、産地とか種類とかいろいろあるんだよな、たしか。
「な、俺にも淹れて。飲んでみたい」
「……他人に淹れてやったことは無い」
「じゃあ初挑戦だな」
遠回しに自分でやれという意味を含んだ言葉を無視して、頬杖をつきながら相手を見上げる。面倒そうに溜息を吐いたものの、カップを置いてキッチンへと向かってくれた。
「不味くても文句は言うな」
「別にいーよ」
お前が淹れてくれたことに意味があるんだからさ。
(紅茶の香り)
後日加筆します。
普段、紅茶もコーヒーも飲まないのでこういうお題が来ると少し悩みます……。
10/27/2024, 11:29:07 AM