かたいなか

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「前々回のお題で『ハッピーエンド』、どうにかこうにか書いたばっかりなんよ……」
なんなら2ヶ月前、1月4日、「幸せとは」ってお題も書いたな。某所在住物書きは相変わらず、過去投稿分とネット検索の結果に物語のネタを求めていた。

「ハッピーエンド」は思考実験ネタ、「この場合の『幸せに終わる結果』を求めよ」を書いた。
「幸せとは」では疲労困憊状態で帰ってきた父親を幸せにいたわる子供のほっこりを書いた。
去年の「幸せに」は、パワハラオツボネ上司がそのパワハラをトップに知られて、実質左遷の処分を食らったハナシの後日談を描いたようである。

「……このアプリに関しては、買い切りの広告削除オプションさえあれば、大多数が幸せになれると思う」
それは物書きの長年訴え続けてきた嘆きであった。
「だってこのアプリ12歳対象なのによ。広告……」

――――――

「さようなら。お元気で」
2024年から遡ること、約8〜9年前。春一番の風吹いた頃、ひとりの人間嫌いが、初恋のひとの前から完全に姿を消しました。
「どうぞお幸せに」
スマホは番号もアカウントもキャリアも総入れ替え。グループチャットアプリは完全消去。
居住区も仕事場も、遠い遠い場所へお引っ越し。部屋は引き払い家具は売却。手荷物は、トランクひとつ。

以下はこの人間嫌いが辿った、遅い遅い初恋と、ありふれた失恋話。その一端です。

…――まだ年号が平成だった頃。花と山野草溢れる雪国から、ひとりの真面目で優しい田舎者が、春風吹くに身をまかせ、東京にやってきました。
当時の名前を附子山といいました。
今は改姓して「藤森」になりました。
改姓の理由は前々回、あるいは前々々回投稿分あたりに書かれてるような気もしますが、
まぁ細かいことは気にしない、気にしない。

田舎と都会の速度の違いについて行けず、最初の職場は木枯らし吹く前に解雇となりました。
まずは都会の生活に慣れようと、挑んだ次の職場は人間関係と距離感の向かい風に吹き倒されました。
置き引き、スリ、価値観相違、過密な人口。
4年で4回転職して、4度目の転職先たる図書館で「人の心」を勉強しながら都会を少しずつ覚えて、やっと生活に慣れてくるまでに、優しい附子山は人間嫌いな附子山になっていました。
都会の悪意と時間と差異の嵐に、揉まれて擦り切れてしまったのです。

『元気無いね。具合でも悪い?』
その人間嫌いに、構わず声をかけてきたのが、薫風吹くに身を任せて流れ着いた5年目、5度目の転職先の同期。他県出身の同い年でした。
名前を加元といいます。
元カレ・元カノの、かもとです。
名前の由来が不穏ですし、なんだか前々回、あるいは前々々回投稿分で見たことのあるような名前ですが、
こちらもまぁ、気にしない、気にしない。

『実家から送られてきたの。食べる?』
加元は、附子山の顔が好きなようでした。
『大丈夫大丈夫。見た目地味だけどおいしいから』
加元は附子山に一目惚れしたようでした。
『他県民でしょ。どこ出身?』
附子山がどれだけ平坦な対応をしても、話しかけて、一緒に食事して、休日は都内散策に誘ってきて。
『こっちも4回目の転職なんだ。なんか似てるね』
加元は附子山の擦り切れた心にぬるり潜り込み、
数ヶ月かけて、魂の傷を紡ぎ直してゆきました。
『大丈夫。今つらいだけだよ。いつか、良くなるよ』

『あの……!』
気がつけば附子山も、加元に恋をしていました。
『もし、良ければ、……良ければでいい、』
心拍数の明らかな上昇と、前頭前野のブレーキの緩み具合と、報酬系及び大脳辺縁系の馬鹿具合から、附子山は人生初めての、遅い遅い初恋を自覚しました。
『日本茶と和菓子の、美味い店を見つけたんだ。……良ければ、今週の……土曜日にでも』

自分の心魂を癒やしてくれたこのひとに、恩返しがしたい。この人が幸せになるなら、自分のすべてを差し出しても構わない。
優しさを取り戻し、人間嫌いの寛解しつつあった附子山は、当時、この時間が今後ずっとずっと、幸せに続いていくのだと、本気で思っておりました……

3/31/2024, 10:49:21 PM