「幸せとは」
「幸せは怖いものだ」
しかめ面をして彼が言った。また始まったか。
私は新聞を読みながら「そう」と適当に返事をした。
「俺は幸せなんぞ知らずに生きてきた。それでも特に不満はなかったし、今更後悔することもない」
「そう」
今度は英語のso sweetのsoのつもりで言ってみた。
あいにく気づかれなかったらしい。
「幸せになったやつを見てみろ。進歩や成長への野心を忘れて脳みそが固まってしまっている」
「そう?」
少しだけ語尾を上げて疑問形にしたけれど彼はお構いなしだ。
「だから俺は幸せにならなくていい」
そう言って彼はスプーンいっぱいにカレーを掬って口の中に入れた。しばらく目を閉じて味わった末に目をカッと開いて叫んだ。
「美味い!俺は今初めて幸せを知った!」
「そう」
今度は安堵と堪えきれなくなった笑いを含ませて。
大好物のカレーを食卓に出すたびに夫はこの茶番をするのだ。厳しい顔をしているのを自覚しているのか、自らそれをネタにして美味いと言うことを伝えてくる。
幸せそうで何よりだ。
1/4/2026, 5:43:46 PM