Ryu

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「次は御茶ノ水、御茶ノ水。お出口は左側です。」

会社帰り。
スマホとにらめっこ率98%の電車の中。
家にスマホを忘れてきて、残りの2%に収まってしまった僕は、仕方なく、出入り口ドアの上に流れるディスプレイの映像を見るともなく眺めていた。

スマホがあれば、今頃SNSに今日言われた理不尽な上司語録を書き並べていたのに。
ストレスの発散が出来ないまま、早く自宅に辿り着いてスマホをイジり倒すことを思い描く。

すると、ぼーっと眺めていたドア上のディスプレイに、突然見覚えのあるスマホが映し出された。
いや、スマホなんてどれも似たようなもんだが、あのスマホケースのデザインには覚えがある。
かなり独創的で、他の人が使っているのを見たことがないのだが。

そのスマホをテーブルの上に置き、何人かの男女がハンマーで叩き始めた。
粉々に砕け散ってゆくスマホのディスプレイ。
なんだコレ。なんでこんな映像を流してるんだ?
訳が分からないが、何故か自宅にあるはずのスマホが心配になってくる。

「次は御茶ノ水、御茶ノ水。お出口は左側です。」

ハンマー叩きは延々と続き、本体の背面パネルがめくられ、中の基板がむき出しになってきた。
その、基板の裏に挟まれる形で、一枚の写真が見え隠れしている。
そこに、僕と彼女が写っていた。
数年前まで付き合っていた彼女。
もう、お別れして、どこにいるのかも分からない彼女。

ハンマーを持つ男女の顔にも、見覚えがあることに気付く。
大学時代の友人や、もっと前に付き合っていた彼女、そして、今日俺に理不尽なセリフを吐いた上司の顔も。
画面下に、テロップが流れ出した。
「このように、呪いの源泉が隠されていることがあります。あなたのスマホ、大丈夫ですか?」

…何を言ってるんだ?

「次は御茶ノ水、御茶ノ水。お出口は左側です。」

秋葉原に着かない。
窓の外には、漆黒の闇が広がっている。
街の明かりはまったく見えない。
他の乗客達は、この異変に気付かないのだろうか。
98%はスマホとにらめっこだから、窓の外すらも見ないのだろう。

僕のスマホは粉々にされた。
あれじゃもうSNSすら使えない。
不条理上司語録をアップ出来ない。
いったい、何が起きてるんだ?
世界が混沌とし始める。

不意に、肩に手を置かれた。
見ると、数年前まで付き合っていた彼女。
「え…?なんでここに?」
「あなたこそ、なんでここにいるの?呪いは封印されたはずなのに」
「…呪いって何の話?さっきの映像って…いったい何が起こってるの?」
「ちょっと待って。あなた…どこから来たの?」

「次は秋葉原、秋葉原。お出口は左側です。」

電車が、見慣れたホームに滑り込む。
気付けば、彼女だと思っていたのは見知らぬ女性だった。
スマホに夢中で画面から目を離さない。

夢を…見ていたのだろうか?
ディスプレイには、分譲マンションの広告が流れている。
秋葉原で降りて、電車を乗り換えた。

自宅に着いて、真っ先にスマホを確認する。
無事だ。どこも壊れてない。
一日触れなかったこともあって、SNSのチェックにも時間をかける。

何となく、「御茶ノ水」「スマホ」で検索してみると、オカルトのコミュニティサイト的なところに、「スマホを持たずに、アキバに向かうのは要注意」とあった。

「誰もがスマホを常備している現代、もはやそれが、アキバに入るためのパスポートとなっている。日本有数の電気街、いや、電脳街であるアキバの何かと、自分のスマホに記憶されている何かが共鳴し合うのかもしれない。現に、御茶ノ水からアキバに向かう電車で、スマホを持たずに乗車していた人が、パラレルワールドに迷い込んだという報告例がある。アキバという街が、スマホというパスポートを持たない人間の侵入を拒んで追放しようとしているのかもしれない」

…馬鹿馬鹿しい。
パラレルワールド?
そんなわけあるか。
毎日通ってる場所なのに。

アホらしくて、今日言われた理不尽な上司語録を書き並べておこうと自分のサイトを開くが、そこで今日の出来事の記憶がないことに気付く。
御茶ノ水を越える前の記憶。
…あれ?
もしかして、僕は今も別の世界にいるのか?
スマホを持たなくても、秋葉原を通り抜けられる世界。
スマホの中に呪いを封じ込めて、あの彼女と今も会うことが出来る世界。

僕はどうしても、目の前にあるスマホをバラバラに破壊したいという欲求を抑えられそうにない。

9/26/2025, 1:49:55 AM