薄墨

Open App

蝉が鳴いている。
爪の間から、自分の血の匂いがする。
ふよふよと頼りない、自分の手首を撫ぜる。
足首につけられた鈴が、しゃりん、と音を立てた。

「さぁ冒険だ」と看守は言った。
実際に、私たちは、未知のこの地を既知にするため、足に鈴をつけられ、位置情報を発する機会と塩と干肉とを持たされて、この未開の異常地に降ろされた。

蝉が鳴いている。
冬なのに。

「さぁ冒険だ」と隣で降ろされた男が言った。
男の空元気は、蝉の大合唱にかき消された。

私たちは、使い捨ての人材だ。
死にたいと言い続けるだらしない無職者だったり、精神的に病んでいて死にたかったり、死刑になりたくて、死刑になるほどの酷い犯罪を犯したりした人間は、みんなこういう風に使われる。

各地に残る、過去の戦闘地に連れてこられて地雷の撤去を命じられたり、
誰も行きたがらない、宇宙や過酷な地でのゴミ処理の仕事を命じられたり、
ちょうど今のように、開拓したい未開の地を冒険させられたり。

何十年前から始まった異常気象は、どんどん悪くなり、今では、異常な自然が広がる、異常空間がこの地にはいくつも点在している。

私たちの仕事は、そんな異常空間の切込隊長。
異常空間を、まともな人材の代わりに調査するのだ。命を賭して。
死を恐れぬ自殺志願者だから。

蝉が鳴いている。
「さぁ冒険だ。早く行け」
頭上のヘリコプターから、まともな、生きたい人間が、指示をする。

蝉が鳴いている。
冬なのに。

私たちは冒険に出る。
帰り道なんて考えない、一方通行の冒険に。
救いなんてない、過酷な冒険に。

「さぁ冒険だ」
私は呟く。

私たちの生き地獄の冒険が、今、始まる。

2/25/2025, 11:09:42 PM