新年にもなったことだし、今年一年の目標は?なんて声を掛けられた。
「う〜ん。……健康に生きること、だな」
「なんだか味気ないですね。ほら、もっとなんか、ないんですか?宝くじ当てるぞー!とか、億万長者になる!とか」
「…っはは、なんでお前は金のことばっかり」
「あっ、そうだ。今年こそ恋人ができますようにー!とか。そういうでっかい抱負はどうですか?」
「うるせぇぞ」
口に咥えていた煙草の苦い煙を吐き出し、それを灰皿に擦り付けた。ざりざりとした灰色の粉が押し潰れ、鼻腔に残るほろ苦い味になんとなく顔を顰める。次の一本に手を伸ばしたところで、箱の中に残る煙草はそれを含め残り二本だということに気が付いた。
「チッ。煙草切れちまうな」
「健康に生きるって言っておきながら煙草吸うってどういうことですか?」
彼は首を傾げ顔を覗き込んだ。「最後の一本にしてくださいよ」そう言い煙草の箱を俺から奪い取るように掴もうとする。
「良いじゃねえか別に。お前、部屋が煙ったいのも分かんないだろ」
「違いますよ、僕が言いたいのはそういうことじゃなくて」
彼の指先は、煙草の箱をする、と通り抜け、掴むことはなかった。部屋に立ち上る白っぽく濁った煙と彼は瞬く間に一体化する。
「キミが、早く死んでしまったら、悲しいでしょう…その、僕は、部屋に、ひとりきりになるわけですし…」
「……バーカ」
俺は箱の中の、最後の一本に手を伸ばした。ライターの火を近づけ大きく息を吸い、自分の肺を黒く汚しているであろうその煙に酔いしれるように、肺いっぱいに溜め込んだ。
「俺が死んだら違う所に取り憑きゃいいだろが」
「嫌ですよ」
「…お前がなんで俺に固執すんのかは知らねぇが、まァ…」
大きく息を吐き出した。白煙が部屋の中に立ち込める。生意気で、頑固な幽霊に、煙を吹きかけてやった。
「俺が死んだら、お前と一緒に彷徨ってやるよ。だから精々、俺が死ぬまで取り憑いてろ」
俺のこのボロ臭い部屋に長いこと居候している幽霊は、眩いばかりの星空を眺めるように俺を見た。俺はそんな眩しい笑顔、向けられるような人間じゃないんだけどな。
いつ年が明けたかも解らずに、一人の部屋で煙草をふかす孤独よりかは、今の方が楽しいのかもしれなかった。
《1.新年》
1/2/2024, 5:43:27 AM