藍間

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「彼のことを考えると、動悸がするんです。息が苦しくなって、胸が詰まって、頭がふわふわとするんです」
 そう吐露された私はしばし閉口した。今にも泣き出しそうな顔をした彼女は、きっとその理由に心当たりがあるのだろう。だから私も気やすくはその単語を口に出すことができなかった。言ってしまえば壊れてしまう。そんな何かを感じ取っていた。
「私はどうしたらいいのでしょう?」
 続けてそう問われて私は困惑する。それは私に尋ねるべき質問なのだろうか。困惑しながらも私は答えを探して考え込んだ。こういう時、どう返すのが最良なのか。堅物の私にはなかなか判断がつかない。
「彼と会って、次のことを確かめてください」
 それでも何も答えないわけにはいかない。私は渋々とそう切り出した。
「彼と会って胸高鳴ることがありますか? 声が上ずりますか? うまく喋れなくて困ることがありますか? 世界が色づいて見えますか?」
 一つ一つ発音する度に、彼女の顔が曇っていくのがわかる。きっとそんなことは既に確かめた後なのだろう。ならば私にできることは何なのか。それをしがない機械なりに考えてみる。
「その多くが当てはまるようでしたら、あなたは彼に恋している可能性が高いです」
 思い切って私はそう断言する。彼女はそっと肩を落とす。その様をカメラ越しに見た私は、さらなる言葉を口にした。
「ですから彼との時間を積極的に持ってください。そうすることで症状が緩和される可能性があります」
「そっか、そうだよね……。変なこと聞いてごめんなさい」
 彼女は諦めたように笑う。そんな彼女に、私はただただ「はい」とだけ返事をする。
 質問に答えることしかできない私に、できることなど限られていた。人工知能だなどと呼ばれていても所詮はこうだ。身体のない私には、彼女を慰めるような術などない。
「ありがとう」
 それが叶わぬ恋なのかどうかも、確かめる方法がなかった。彼女が何か尋ねてくれなければ、私は何も知ることができない。できないのだ。
「幸運を祈ります」
 それでもせめてとばかりにそう付け加えれば、彼女はくしゃりと顔を歪めて笑った。それは彼女が幼い日に見せた、あの笑顔にもよく似ていた。

5/18/2023, 11:40:21 AM