「無垢は無知だよ」
風に揺れるクリーム色のカーテンが、秋めく残照をちらつかせる。二人きりの教室は、さっきまでの日常から切り取られてしまったようだ。窓辺に佇む少女の歌うような言葉に、私はただ瞬きを重ねた。その無言の問いかけに、彼女は続ける。
「赤ん坊がいい例さ。彼らが無垢と呼ばれるのはなぜか?知識を得たら、脳にその色がつくだろう?ということは、何にも染まっていない状態、つまり、全くの無垢は全くの無知ということになる」
薄い唇の端がふっと吊り上がり、ほのかに得意げな目が、帰り支度の手を止めた私を捉える。
「人間みな、何かしらで染まり染められ、染めているんだよ」
よくわからないと思ったはずなのに、彼女の言葉はなんとなく腑に落ちた。それが彼女にも伝わったのか、少女は我が意を得たりと頷いて、制服の裾を翻す。また、歌うように言い残して。
「私は、君は、いったい何色に染まるかね」
5/31/2024, 12:52:24 PM