『終点』
夏休みのある日、親の寝ている隙に財布からくすねたお金を持って兄妹ふたりで家を出た。夏休みに売り出されている全線乗り降り自由というきっぷを買って駅に来た列車に乗り込むと、いい思い出のひとつもない生まれ育った街が遠ざかっていく。列車の終点に辿り着いては遠くに行ける列車を探しまた終点まで乗り続ける。未成年ふたりの姿は昼間は怪しまれなかったけれど、夜になればなるほど視線を感じることが増えていった。
「君たち、どこへ行きたいの?」
最終列車のアナウンスが聞こえるホームに降り立つと声を掛けられた。振り向いた先が駅員さんなら走って逃げようかと思っていたけれど、そこにいたのは人ではなく、ぬいぐるみのようにふわふわとした生き物だった。後ろに隠れた妹がそのかわいらしい生き物を熱心に見つめている。自分もかわいらしさにほだされて、それまで誰とも話してこなかった旅路を口にしていた。
「……わからないです。とにかく家から逃げ出したくて、来る列車を乗り継いでここまで来ました」
「そうなんだ。ここまでがんばってきたんだね」
不意にかけられた優しい言葉にまぶたが熱くなって鼻がつんとする。我慢しようと思ったけれどふわふわした温かいものに体を抱きしめられて無理だと思った。妹は体いっぱい使ってふわふわとしたものに抱きついて笑っていた。
「次の列車に一緒に乗るかい?その列車が終点まで行ってしまうと、この世界ともお別れになってしまうけれど」
今日までいい思い出のひとつもなかった兄妹ふたりは迷うこともなく頷いていた。すると見たことのない色の列車がホームに音もなく滑り込んできて3人の前に停まる。一度だけ後ろを振り返ってその列車に乗り込むと、列車は来たときと同じように音もなく動き出し、そして終点に向かって真っ直ぐに進み始めた。
8/11/2024, 12:05:58 AM