古井戸の底

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貴重な日曜が恋活に忙殺され、彩子は疲弊しきっていた。そんな中、来るはずないと思っていた八木橋からの唐突なお誘い。奥手な彼なりに勇気を出して送ってくれたと思うと、藤堂よりも強いときめきを感じてしまった。
心が揺れたまま臨んだ藤堂との3回目のデート。彩子はついに『失敗』した。雑音に気を取られて彼の話を上手く聞き取れず、的外れな返事をしてしまったのだ。帰り際に流れた気まずい空気。藤堂からは少し遅れて次のお誘いが来ていたものの合わせる顔がなく、来月まで伸ばすことにした。

翌日、いても経ってもいられず親友に電話すると、彼女はわざわざ彼氏まで呼びつけて、ふたりで親身に相談に乗ってくれた。
「もう3回目だし、相手はそこまで気にしてないんじゃない?」
彼氏はそう言ってくれた。しかし、藤堂には自分以外にやり取りする人間がまだふたりいる。それならいっそ、こちらから身を引いた方が良いような気がしていた。
「趣味が同じってのも大事だと思う。長期的に見れば、ご近所君よりゲーム君の方が合ってる気はする」
親友はそう言った。
育ちは同じだが趣味が違う藤堂と、育ちは違うが趣味が同じ八木橋。性格や価値観も、ひょっとすると八木橋の方が近いかもしれない。

消えかかっていた小さな灯火が息を吹き返した。目鼻立ちがくっきりしながらもどこか幼い雰囲気を纏う八木橋の顔を、今度こそ目に焼き付けたいと思った。

【消えない焔】彩子7.5

10/28/2025, 5:26:39 AM