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耳を澄ますと(オリジナル)

私はパチリと目を開けた。
いや、正確にはついに覚醒したと言うべきか。
のそりと身体を起こす。
四つ足で立ち、アスファルトの地面を歩いた。
視界が人より低い位置にある。
そう、私は猫に転生していた。
何でだろう。いつの間に死んだのだろうか。
この猫の身体は何歳なのだろう。
四つ足で歩く事に違和感ないくらいには馴染んでいる。
私はキョロキョロと周囲を観察した。
どうやら人であった頃に住んでいた町のようだった。
見覚えのある風景が続いている。
水たまりに映る自分の姿。
それは、茶色い毛並みの、幼い猫の姿であった。
飼い猫なのか野良猫なのか捨てられたのか。
人として覚醒してしまったせいか、その辺りがどうにも曖昧だ。
車や自転車に轢かれないよう、慎重に歩く。
耳を澄ますと、人より遥かに優れた耳が、聞き覚えのある声を捉えた。
(翔太!!)
私は夢中になって、声の方に駆けた。
子猫ゆえにヨタヨタ走りになってしまったけれど。
体力的にもかなりキツイ。
お腹も空いている。
けれど。
曲がり角を曲がると、小さな公園に、恋人だった翔太の姿があった。
男友達の孝四郎と一緒にベンチに座っている。
(翔太!!)
私は泣きべそをかきながら彼に駆け寄った。
良かった。元気そうだ。
実際何年ぶりなのだろう。
年齢は記憶にあるものとそう変わりはなさそうだった。
私は彼の膝に縋りつき、爪をたて、必死に話しかけた。
(翔太!久しぶり?元気してた?私だよ!亜澄だよ!)
けれど、口から飛び出すのは当然ながら、
「うにゃにゃにゃあ!にゃ〜ん!うにゃうにゃー!」
というものだった。悲しい。
「おい、どうした?この猫、お前の猫か?」
孝四郎が、私を覗き込んでくる。
翔太は困惑した顔をして、首を横に振った。
「いや。全然知らない猫だ。でも可愛いな。へへ」
翔太は、しがみつく私の頭をヨシヨシと撫で回した。
「すっげー懐いてんな?ウニャウニャ言ってるけど、何言ってんだろ」
「全然わかんないけど、なんか必死で話しかけてくれてんな。こんなに懐かれたの初めてだよ。猫って可愛いんだな」
そうでしょう、そうでしょうとも。私だしね。
私はにっこり微笑んだ。
翔太は私を両手で抱え上げた。
私は素直に爪を引っ込めて、身を委ねる。
「でもな〜。今の物件、生き物不可なんだよなぁ」
私はギクリと身を震わせた。
私たちが同棲していたこの近所のアパート。
(確かに!!ペット不可だった!!)
嘘でしょ。翔太にまた会えたのに、一緒にいられないの?!
私は絶望のあまり、泣き出してしまった。
「あ。なんかまた泣き出したぞ。可愛いなぁ」
孝四郎が私の頭を撫でにきたが、気がたっていたので、気安く触るなとバシリと叩く。
「あっ、こいつ!俺には塩対応だ!」
「うーん、あそこを出るわけにもいかないしなぁ」
翔太は私を地面に置くと、
「ごめんね。飼ってあげられないんだ。他の人を探して、ね?」
と言った。
困る。
非常に困る。
このままだと餓死する。
私はそれこそ命の危機を感じ、力一杯彼の足にしがみついた。
(もう絶対離れない!駄目!翔太以外無理!お願い!家は引っ越していいから私と生きて!ねぇ!)
私はにゃんにゃんと泣き喚いた。
決して猫語が通じた訳ではあるまいが、彼はため息をつくと、
「しょうがないなあ。お前、アパート着いたら静かにできるか?」
「おい、翔太」
「いや、なんかこいつ、必死で可哀想になってきちゃって」
私はブンブンと頭を縦に振った。
「……なんか人間臭いなこいつ。言ってる事理解してないか?」
「もともと飼い猫なのかなぁ?まぁ、しばらく大家さんには秘密で飼ってみるよ。亜澄がいなくなって、ちょっと寂しいところだったからさ」
「……そっか」
孝四郎が安堵したように、優しく微笑んだ。
私がいなくなってから、彼を支えてくれていたのかも。
さっきは叩いて悪かったな。
私は彼の方を向いて、ぺこりと頭を下げた。
私が態度を軟化させたのがわかったのか、孝四郎は恐る恐る手を伸ばしてきた。
お詫びに、好きに撫でまわさせてやった。
猫好きの、慣れた手つきだった。
心地良くて、喉がゴロゴロ鳴る。
「えへへ、可愛いな。俺も協力する」
「ありがと」
(ありがとー!)
私はにゃーんと泣いた。
楽しい日々が始まる予感がした。

5/4/2026, 11:05:09 AM